第50話

文字数 1,060文字

 テーブルに置いたランドセルを開け、社会の教科書を取り出した。また、内ポケットから少ししおれてしまった宮崎空港の紙袋を取り出し、教科書に重ねた。
 伝記を読むのだから、社会の教科書があるのは不自然ではない。と自分に言い聞かせ、山田さんが待つ本棚へと向かう。ちらりと周囲を見回すが、少なくとも五年二組の人はいないようだ。

「えっ、お土産? 宮崎のだね。ありがとう!」
 返事の封筒よりも、お土産の紙袋についてお礼を言われ、ちょっと複雑だ。もちろん、喜んでもらうために買ったのだけど。
「これも、手紙も、家で開けるね」
 そう言って山田さんは、お菓子の本に白い封筒を挟み、紙袋は胸ポケットに入れた。
「じゃあ、ありがとう。昨日、カッコよかったよ」
 赤いランドセルが置かれたテーブルに戻っていく山田さんを見ながら、最後の言葉が頭の中で何度も再生される。カセットテープと違い、巻き戻しの手間は無い。感動で力が抜けてしまう。
 気を落ち着かせ、一人で下校した。今朝まで龍太の引き出しにあったあのボールペンが、今や山田さんの胸元にあるのかあ、と考えるとニヤけてしまう。もう少し話がしたかったなと思うが、誰かに気付かれても困るし、塾に行かないといけない。山田さんがサッと離れていったのは、望ましい行動であり優しさなのだろう。

 今頃手紙を読んでくれているだろうかと想像し、ほとんど授業に集中できなかった。吾郎に勘付かれないよう、自分の太ももをつねり、気合を入れる。明日はどんな顔で登校したらいいんだろう。山田さんは、やはり何事もなかったような態度なのだろうか。また集中力が欠けていく。早く授業が終わらないかなあ、と思いながら書いた内容を思い出していた。

「山田さん、この前は手紙をありがとう。
 泰史のことを相談できてよかったです。鈴原さんと昭の関係も分かりました。昭たちからも、泰史がレギュラーになれず、練習をサボるようになったと聞きました。その時、山田さんも近くにいましたよね。でもそれだけで、教室の中で復しゅうするようなことは、違うなあと思うし、やり過ぎはいけないです。

 だから僕は、なるべく泰史の近くにいようと思います。山田さんへのお願いは、そう言う時に鈴原さんや昭が僕を攻撃してこないように、いや、難しかったら、そんなことがありそうなら教えてくれるだけでもいいので、手伝ってもらうことです。お願いできますか?

 では、よろしくお願いします。
 ボールペン、気に入ってくれると嬉しいです。       黒木 龍太」

 
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