第13話

文字数 1,022文字

 なんということに加担したのだろう。孝弘に合わせる顔がない。そして、吾郎と泰史とは本当に仲良くやってくれるのだろうか。不安でいっぱいのまま、その日はしおり作りやレクリエーションの企画を立てる作業に入った。林間学校の準備係には、赤木も入っている。孝弘の様子を聞いてみたが、特に変わりはなさそうだった。せめてもの救いだった。準備のため一時間くらい居残りをすると、帰宅後はすぐに塾へと走る時間だ。母がおにぎりを用意してくれていた。高菜や明太子といった、九州風の具が嬉しかった。

 自分から孝弘に声をかけた吾郎は、どんな気持ちだろう。塾で聞いてみようと思っていたが、どう切り出していいか分からなかった。しかし、孝弘に触れないまま林間学校を話題にすることは難しい。ぎこちない会話の中、吾郎が言い出してくれた。
「龍太。あれ、言われたままグーを出してよかったのかな?」
「でも、まさかあんな仕掛けになってるとは、さ」
「そうだし、もしかしたら俺が外されたかもしれない訳じゃん?」
 吾郎の言葉を聞いて、気が付いた。そうだった。俺も吾郎も、仕組んだはずの泰史に狙われたことがあるのだった。だからどこに罠が隠されているのか、林間学校の間も決して油断はできない。むしろ孝弘は、他のメンバーという安全地帯に逃げ込めたのかもしれない。あんなことができる泰史と昭のことが信じられなくなった。そして今の気持ちのまま林間学校に行くのは、とてもつらいことだと思った。

 一週間後、林間学校の当日の朝だ。気分は乗らなかったが、リーダーとして明るく振舞うべきだと思っていた。何となく鳩尾(みぞおち)が痛む。三か月ぶりだ。親には何も言わなかったが、出がけに珍しく父が顔を出してきた。「龍太。てげてげに、だぞ」と送り出してくれた。南九州の言葉で、適当に、良い加減に、というような意味だ。龍太にはもう忘れてしまいそうな言葉だったが、今の自分には必要かもな、と思いながら、学校へ向かった。

 初日は興奮と疲労の中、平和に過ぎ去った。二日目、森の中で迎える朝は爽快だった。今日はイワナのつかみ取りとその調理を予定していた。ほとんどの子は生きた魚を触ったことがない。もちろん龍太もつかみ取りは初めてだ。でも宮崎の頃は青島で釣りをしていたし、釣った魚を(つか)んで口から針を外したことも何度かある。だからあまり抵抗はなかった。宮崎から来た田舎ものは素手で魚を捕るのに慣れている、などと吹聴されるかもしれないと身構えてしまう。
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