第54話

文字数 1,195文字

 図書室できっかけを(つか)めたかに思った。が、山田さんと話をしないまま土曜日も過ぎてしまった。昭や孝弘と直接衝突することはないが、時々彼らが聞こえるように泰史の悪口を言っていることは分かっている。龍太に聞こえて、泰史本人には届いていないはずはない。こんな雰囲気のまま翌日、運動会本番を迎えてしまった。

 組体操を無事に終え、最後のリレーを残すのみとなった。四クラス対抗で三年生以上の各クラスから男女一名ずつが選抜される。三年女子、三年男子、四年女子とバトンを繋ぎ、アンカーは六年男子。リレー選手は大変な名誉だ。今年こそ、と孝弘もこの地位を狙っていた。しかし、五年二組には泰史という絶対的俊足がいる。いくら孝弘や、図体(ずうたい)の大きな昭に(にら)まれていても、クラスで一番足の速い男子が泰史であることは揺るがなかった。
 そんな泰史の華麗な追い抜きで二組がトップに立った。一組二組が白組、三組四組が赤組という構成だが、五年男子終了時点で二位が四組、三位が三組。同じ白組の一組には期待できない。泰史が作ったリードを六年生の女子、男子が保ち、二組が一着となった。そして合計点で白組が赤組を上回り、白組が逆転優勝した。

 表彰式で六年生が主役になるのは仕方が無いにしても、帰りの会まで誰も泰史に声をかけようとしないのは、見ていて辛い。龍太が傍にいたら他の皆が泰史に話しかけづらいかと遠慮していた。なのに、そんな光景を見せつけられる。洋一郎も同じ気持ちだったのか、何度か目が合ってしまった。本来目立ちたがりな泰史。それが面倒なのだけれど、今どんな気持ちだろう。昼時、父に泰史の姿を教えたのだが、父は泰史が他の子より元気がないことを見抜いていた。父はリレーの前に帰ってしまったが、家に戻ったら、泰史のことを聞かれるだろう。その時、自分も話しかけなかったと言えるのか?
 そしてそんなことを考えている龍太を、山田さんはどう見ているだろう。話しかけたら、泰史も調子づき長々と付き合わされるかもしれない。そして今度こそ、昭や孝弘から攻撃されるかもしれない。でも、山田さんにあんな手紙を書いておきながら、この状況を放っておくのもやっぱりおかしい。
 
 思い切って泰史に言った。「泰史の活躍で優勝できたな! ありがとう!」
 それが合図だったかのように、洋一郎が近付いてきて、泰史の頭を軽く叩く。泰史が笑顔になった。「そうだろ! オレのお陰だっ!」
 同じ班の土井さん、小島さんだけでなく、井崎さんまでが「おめでとう」「ありがとう」「すごい」と小さい声ながら泰史を()め称え始めた。泰史、ここで調子に乗るなよ、と念じながら、井崎さんが気まずそうな表情で窓際を確認したのを目撃してしまった。彼女も本音は違うのかもなあ、と龍太は不思議な気持ちになった。女子の力関係も大変なんだろうな、と感じ、図書室での行動を見られたのが土井さんで良かったと安堵した。
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