第84話

文字数 1,181文字

 昇降口の中程にある三年生の下駄箱に寄りかかった昭を、孝弘、洋一郎、それに龍太が囲っている。洋一郎は本来、音楽室の当番なのだが、そのことは誰も突っ込まない。昨日までとは全く異なる掃除の景色に龍太は驚きながらも、このメンバーで泰史のことを考えられるのは、いいことだと思った。何故か吾郎は、一年生の列を一人で真面目に掃除し、この輪に加わらない。何となく掴みどころがないのは、いつものことなので気にしないことにした。

「さっきの、構ってほしい、だけど」昭が話を切り出す。
「野球の練習でもな、例えば目立とうとしてわざと変なエラーとか、することあるじゃん?」
「いや、怒られるぜ」孝弘はうつむき加減でそう言うが、龍太には分かる気がした。ただ、怒られたり、自分の評価が下がることが明白な時、あるいは場面ではそんなことはしない。でも、そういう判断を間違ってしまうことは、きっとあるだろう。

「そうだとしてだよ、あの泰史がわざとやってしまうのは、なんでなんだろう?」
 洋一郎は午前中と同じ疑問を口にする。少し間をおいて、龍太が言葉を選んで話出した。
「自分はこんなことが出来るんだ、っていう……。うん、普通は万引きなんてしないし、出来ない。でも、俺には出来る。それをお母さんに……。いや、もしかしたら俺たちに?」

「俺たち?」昭が咄嗟に反応した。孝弘は顔を上げない。
「うん、クラスでも何となく泰史の立場っていうか、地位っていうか、そういうのが弱くなっていたじゃん。しかも、学校に来なくなった。でも自分はこんなことしてるんだぜ、って」
「ちょっと言いにくいけど」洋一郎が続けて話を始めた。「昭と孝弘さ、泰史を攻撃してただろ? あの時、俺もちょっとスカッとしてたのは認めるけど、今までむしろそういうのの親分みたいだった泰史には耐えられなかったってことなんじゃないのかな」
「じゃあ何だよ。万引きとか、学校サボるのは、俺たちのせいだって言いたいのかよ?」昭が語気を強めた。「ごめん、万引きまでやっちゃうのは、昭たちのせいじゃないだろうけど……。味方がいないと思わせてしまったのは、俺のせいってことかもしれない」洋一郎が泣きそうになりながら言う。龍太も洋一郎に近い気持ちになったが、言葉に出すことができなかった。

 その時、デッキブラシを持った吾郎と雑巾を持った河田さんが三年生の列に入って来た。河田さんが「あんたたち、掃除しないんならどきなさい!」と声を出したので龍太たちは大人しく掃除の済んだ五年生の列に移動した。河田さんは真面目一本の女子だが、まさか吾郎が河田さんと二人で掃除をしていたとは思わなかった。河田さん以外の女子はどこにいるのか分からない。きっとどこかでおしゃべりしているのだろう。今週は山田さんも同じ昇降口の当番だったのに、一度も話をしていないことを龍太はふと思い出し、残念に思った。
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