第17話

文字数 1,108文字

 結局、よく眠れないまま、空が白み始めた。野鳥の鳴き声も聞こえている。夏の朝だ。塾で習った「枕草子」では確か「夏は夜」だったけど、「あけぼの」もいいよね、と思った。もう暗闇という恐怖はないので、そっと外に出た。まだ他のみんなは眠っている。
 夜中、バンガローに戻った時は零時を過ぎていた。既に泰史も昭も寝息を立てていた。あいつらが起きた後に、どう説明しようかな、と考えながらも、森の空気を吸い込む。
 ドアが開く音がしたので振り向くと、隣のバンガローから孝弘が出てきた。目が合ったので、おはようと言葉を交わした。ちょっと気恥ずかしそうに、トイレに行く、と言い残し、行ってしまった。
 しばらくして孝弘が戻ってきた。
「大をするのは、朝がいいよ。からかわれない」
 伏し目がちだが、笑っているようだ。

 小学生男子の大敵は、個室トイレでの大便である。学校でも、トイレの個室に入ってしまうとからかわれる定めにある。壁をよじ登って覗かれることさえある。実は龍太もその騒ぎに乗って、トイレになだれ込んだことがある。そんな中で個室に入る勇気がある奴というのは、差し迫った状態であることが明らかだ。だから同情するし、もちろん自分がトイレに籠る時にこんなことをされたら、絶対に嫌だと思う。でも、みんなと同じようにはやし立ててしまうのだ。
 林間学校は三日間。大便を三日も我慢できる訳がない。でも漏れてしまうのは最悪だ。そういえばまだトイレ騒ぎは起きていないし、誰かが用を足しに行った記憶もない。
 そして四年生の時、同じクラスだった向山が社会見学の時にお漏らしをしてからかわれていたことを思い出した。もしこの林間学校でやってしまたら、向山二世とか言われしまう。ましてや今三組にいる向山より前に漏らすのはあり得ない。どうしても避けなくてはいけない。

 いい作戦だと思ったので、あまり便意は無かったが龍太もトイレに行った。和式の汲み取り便所で臭いもきつかったが、スルスルと排便できて爽快だった。トイレットペーパーは備え付けのものがあり、確実に減っているようだったので、皆こっそり来ていたのだろう。
 バンガローに戻ったとき、孝弘はまだ外にいた。待っていてくれたようだ。
「すっきりしたろ? 俺、帰るわ。朝は昨日のおにぎりだよな。じゃあ、また」
 班分け以来、孝弘に対して後ろめたい思いがある。またそのことを言う機会を逸したな、と思ったが、こうやって話が出来てよかったとも思った。

 皆が揃った朝食の時間に、泰史が洋一郎とおにぎりの交換をしていた。どうせ人気のツナを、不人気の梅干か昆布と交換させたのだろう。龍太と吾郎は、手にしている鮭おにぎりを慌てて頬張った。
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