第18話

文字数 1,012文字

 この日は山の中をハイキングすることになっていた。二、三人横並びの縦列が山道を登る。一列になるよう言われていたが、崩れてしまう。
 お弁当は、ふもとのお店から届けてもらう。そう、車でも行くことができる展望台が目的地だ。だったら登り切れそうだとも思うし、興ざめな気もする。小学五年生なのだからこんなものかな、とも思う。

 それでも結構大変で、汗もすごい。皆疲れているはずだが、前を歩く泰史は元気いっぱいでいつもの調子でしゃべりながら登っていく。あの体格の昭もそれについて行けているようだ。さすが、野球チームで鍛えているだけのことはあるな、と思った。すぐ後ろの吾郎も龍太よりは余裕がありそうだが、おしゃべりはしていない。そして後ろの班にいるはずの孝弘を振り返る。やはり孝弘もあまり疲れていなさそうだ。すごいな。中学に入ったら何でもいいから運動部に入ろう、と思いながら汗を拭った。
 前方のペースが落ちたようだ。泰史の横にいた洋一郎が、脇道に逸れて脇腹をおさえていた。後ろの方から担任の先生が駆け上がってきた。そしてしばらくして、折角来た坂を下って行った。
「なんだよ、洋一郎! 弱いなあ」
 泰史と昭とが二人でぶつぶつ言いながら登っていく。龍太はしゃべるゆとりがない。吾郎に並ばれた。後ろから来る孝弘の班に追いつかれないように懸命に歩く。
 そして出発から三時間。ついに目的の展望台に到着した。中腹にある展望台なので、景色などには期待はしていなかったが、三時間の苦行を経たためか実に爽快な気分だ。向こうに富士山が見える。今まで新幹線や飛行機からは見たことがあったが、ここまで近くに、大きく見えたのは初めてだった。日差しは強くとも、標高があるせいか風が涼しい。

 お弁当屋さんのロゴが入った車は既に駐車場に着いていた。その横には体育の先生の車。中には足の悪い一組の花子と、下山していったはずの二組の洋一郎、そして三組の佐々木くんがいた。佐々木くんとは、三、四年生で同じクラスだった。龍太にとって初めてお互いの家を行き来したのが彼だったのだが、五年のクラス替え以降疎遠になっていた。佐々木くんは喘息の持病があり、体が弱いのだった。おそらくこの数時間の山登りも避けたのだろう。でも今日の佐々木くんは元気そうだ。登れたのではないかな? と思った。でも数か月喋っていない相手に、そんなことは言えないし、こういう発言がいじめに繋がることだってあるだろう。
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