第120話

文字数 1,079文字

 吾郎の指摘はさすがに鋭い。
「つまり山田嬢は放課後、何をしているのか。あるいは何をしたいのか。どうだ、龍太くん? ご存じなのでは?」
 そう指摘されてみると、龍太自身も分からない。図書室で本を読む姿や、生き物の世話をする姿は何度も見て来た。以前クッキーをもらったので、お菓子を作る山田さんも想像できた。でもそれらだけで放課後や休日が埋まっているというのも、何か違う。習い事などはしていないのだろうか。
「いや、俺も知らないけど……」
「けど? その口ぶりは怪しいぞ」
「ああ、うん。実は塾のこと、山田さんに聞かれててね」
「何? 山田、俺たちんとこの塾入るのか?」
 吾郎は体を起こして龍太を見る。
「興味あるみたいだよ」
 昨日のことを思い出すと鼓動が速くなる。冷静なふりをするため、龍太は吾郎と目を合わせないよう、体を横に向けた。
「どんな感じで聞かれたんだ?」
 吾郎に問われ、昨日学校であったことと放課後、泰史の家近くであったことをかいつまんで話した。帰り際に振り返ると、まだ山田さんの姿が見えたところまで話をしてしまったところで、調子に乗ってしゃべりすぎたことに気付いた。が、これも後の祭りだった。
「龍太の話だけだから、どこまで信ぴょう性があるか、というところだけど」吾郎の目が笑っている。
「それってもう、山田嬢は君に好意があると考えていいんじゃないのか?」
 なんとなくそんな気もしていた龍太だが、吾郎にズバリ言われると動揺する。
「いや、そんなことないだろ……。たぶん……」そう言いながらも目じりが下がっていることを自覚する。そしてそれは、吾郎にも気付かれている。
「いや、おまえ、相当うれしそうじゃんかよ。そうかあ、そしたら塾では、もう龍太は俺と話してくれないかもしれないなあ。そうかあ、松野さんと仲良くするかなあ、そうしたら……」
 本当にそうしてくれるなら、むしろ有り難いのかもしれない。が、ここはそう言える場面ではない。
「なんだよそれ。塾でそんないちゃいちゃする訳ないだろ。受験も日々近づいてくるんだぞ」
「お前が言うな!」そう言われ、二人で笑った。吾郎に背中をぶっ叩かれたが、全然腹が立たなかった。

 土手を離れ、再び御手洗邸に向けて自転車を漕いだ。山田さんや井崎さんの住むアパートに差し掛かると、様々な匂いで鼻孔が刺激される。もう昼だ。その匂いで腹の虫が踊りだしている。
「腹減ったなあ」龍太がつぶやいた。
「だな。ここで山田や井崎が出てきて、ごはんどう? なんてあったら感動するな」吾郎が続ける。と、その時、頭上から声がした。
「あーっ、やっぱり、黒木君と杉田君!?」
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