第34話

文字数 1,158文字

 昼休みまでに吾郎と洋一郎とは話ができた。あとは山田さん。しかし、意識してしまっているのか、どうにもタイミングがつかめない。そのまま昼休みも、掃除の時間も過ぎ去ってしまった。五時間目から帰りの会も終わってしまい、今日は諦めようかと思った。月曜日は塾がある日なのであまり時間はないのだけれど、もしかしたらと期待し、図書室に寄ってみることにした。もし山田さんを見つけても、同じ図書係の孝弘が一緒なら見つからないように帰ろう、と思いながら、渡り廊下の向こうにある図書室へと向かった。
 カウンターには五年三組の女子が座っていた。龍太たち二組の当番は先週だったという意味であり、山田さんはいないだろう。がっかりしつつも怪しまれないように図書室に入った。歴史上の偉人シリーズか科学系の読み物が好きな龍太は、伝記のコーナーで「伊達政宗」を取り出し、机に座った。ふう、とため息をついた時、後ろから声をかけられた。

「黒木君、伝記好きだよね」
 山田さんの声だ。自分の好みを知ってくれている、と思うと嬉しくなる。気持ちを落ち着かせるため一呼吸おいて振り向いた。間違いなく山田さんだ。当番ではない日なので、孝弘が図書室に来るとは思えないが、一応周りを見回す。孝弘はもちろんいなかったし、二組の女子もいないようだ。おそらく既に表情が崩れていただろうが、ようやく安心できた。
「うん、戦国時代と明治維新がお気に入りなんだ」
 冷静を装って答える。山田さんは植物の育て方についての本を二冊持っていた。
「すごいね。私、伝記って漫画でしか読んだことないけど、今度読んでみようかな」
 それはいいね。女の子が戦国武将や明治の志士の話を好むのかは分からないが、山田さんなら楽しんでくれるかもしれない。いろいろ話したいことが出てくるし、植物のことも聞いてみたい。でも、実はあまり時間がない。本題に入らなくては。
「ちょっと、山田さん。話、いいかな?」
 そう言って、図書室を出る。二人の本は、六人掛けのテーブルに置いたままにした。

 廊下の壁が盛り上がり、柱状になっている。その陰で山田さんと喋っている。憧れの状況なのだが、泰史のことを聞かないといけない。そんな自分がちょっと寂しい。でも、このチャンスは活かさないといけない。
「山田さん、孝弘や昭が泰史を攻撃しているのは、知ってるよね?」
「ああ、うん」
 そう言ってから、山田さんは少し周りを確認した。
「泰史くん、それで今までより大人しくなっちゃったよね」
「うん、それは良いことかもしれないけど、昭たちはやり過ぎじゃないかな?」
「見ていて私も思うよ」
 もう一度周りに人がいないかを気にする山田さん。泰史の話をすることが気になるのか、龍太と一緒にいることが気になるのか、それを意識してしまう龍太だが、ここで臆してはダメだ。
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