第45話

文字数 1,149文字

 昭が続ける。
「自分で言うのも何だけどさ、夏休みには泰史より俺の方が間違いなく打てるようになったんだよ。あいつは内野で俺とはポジションが違うけど、打撃を考えたらもうあいつに負けることはない。で、内野は四年生にもいいのがいてな。それはまあいいけど、泰史はすねちゃって、練習態度が悪くなったんだ」
 元々俊足なのに、ベースランニングで手を抜いて、三年生にも抜かれる日があった。それで監督も怒ってしまったらしい。
「それから時々遅刻したり、サボるようになった」
 後ろにひっそりと立っていた吾郎が口を出してきた。
「昨日、商店街で見たよな、泰史を」
「そうか、それで……。昨日、里田さんと一緒にいるところを見たんだよ」
 言わない方が良い情報かとも思ったが、もしかしたら昭たちも泰史を心配しているのかもしれない。
「里田さんか。夏の試合で引退したけど、あの人シニアリーグのチームから呼ばれなくて、ちょっと荒れている感じなんだよね」
 監督の甥っ子である孝弘が言う。きっと確かな話だろう。
「じゃあ、今の泰史と同じような境遇か……」
 境遇という言葉が耳慣れないのか、昭と孝弘は一瞬不思議そうな表情になった。それを見た龍太は言い直す。
「泰史と里田さん、同じようにすねたり、いじけたりしてるのかもな。だからつるみやすい」

 そこまでの会話に、龍太は違和感を覚えていた。山田さんから教えてもらった話とはズレがある。泰史がすねた原因はこの二人の態度じゃないのか? 山田さんからの情報であることは絶対に言えないが、これは引き続き探りを入れなくてはいけない。山田さんは、鈴原さんから聞いているはずだから、伝言ゲームよろしく、むしろ歪んでいった可能性がある。でも今、山田さんとこの二人のどちらを信用するか。答えは明白だ。
 それにこの話を信じるなら、逆にこの二人は泰史を練習に来るよう仕向けるべきだ。監督が怒ったことを言い訳にして、自分たちを正当化している。許せなくなってきた。

「で、そんな泰史をどうしていじめる必要がある訳?」
 思い切って尋ねてみた。吾郎は驚いたように龍太を見た。同時に、自分の席で本を読んでいた山田さんからも見られているような気がした。

「来なくなった奴をかまっている余裕はないんだよ。でも急に、いなくなったら迷惑なんだ。むかつくじゃんか。今までも散々な目にあったし。それは龍太だってそうだろう?」
 大きな体で昭から強い調子で言われるとひるんでしまう。

「そこは認めるけど、やっぱり弱った奴を叩くのは余計に嫌だ」
 もう龍太もビビっている場合ではない。なんだって泰史をそこまで(かば)う必要があるのか、実はよく分からないが、昭が正しいとも思えない以上、意地になった。これで昭たちから無視されたり、攻撃されてももう、仕方がないと思った。
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