第47話

文字数 1,187文字

 ピッピッピッ――

 無機質な電子音で目が覚めた。普段より一時間以上早いが目覚めは悪くない。部屋の窓は東向きで、カーテンは弱々しい光を透過している。
 昨晩、龍太は手紙を三枚用意した。内容は同じだが、出来栄えがそれぞれ違う。封筒に入れる一枚をどれにするか。選ぶ基準がはっきりある訳ではないが、誤字は本当にないのか、字のバランスはどうだろう、など気になることがあり過ぎる。読んでみるとどうもこれではマズイ気もしてくる。うち一枚は水性ボールペンの滲みが目立ちすぎるので没。あと二枚から選ばなくてはいけない。でもまだ金曜日だ。今晩また書いて、明日渡す方がいいのでは? とも思う。でも、土曜日なら確実に渡せるとは限らない。今日のうちにランドセルに入れ、機会を伺っておく方がよい。チャンスは多い方がいいに決まっている。

 決めきれないので、どちらも三つ折りにしてみた。きれいに折れた方を選び、理髪店の看板のような三色模様に縁どられた封筒に入れる。外国に送るエアメールはこんな模様らしい。なんとなくカッコいい気がする。糊付けする前にもう一度読み返し、しっかり封をした。そして、ぐしゃぐしゃにならないよう、薄めの音楽の教科書に挟み込んだ。音楽の時間までには移し替えるつもりだ。そしてランドセルの内ポケットには埴輪の三色ボールペンを入れる。これまで何度出し入れしたことだろう。いよいよ今日が出番である。気合を入れて、朝食の待つ階下へ向かった。

 母親が毎日作ってくれる朝食。今日はピザトーストだった。赤いピザソースとチーズの黄色、ピーマンの緑。エアメールとは違う組み合わせだが、三色のバランスがきれいだと思った。これはいいことがあるに違いない。ついにやっとしてしまったが、母には気付かれなかっただろう。

 登校班の集合場所にはまだ誰も来ていなかった。よほど気合が入ってしまっているのが、特に班長の前田にバレるとまずいと思い、ランドセルを下ろした。音楽の教科書を丁寧に避け、社会の教科書を取り出し、テスト勉強のふりをした。一時間目が社会のテストであることは事実だし、三組の前田には突っ込みようがない。が、前田が来るなり龍太に声を掛ける。
「あれっ、龍太? 今日社会のテストか? 珍しいな、お前が勉強しているの」
 龍太が小学校のテストの為に勉強する姿を見ることは、少なくとも五年生以降はまずなかった。むしろテスト前、急に必死になる一部の連中を見下していた。それでも九十点以上はどの科目も確実だった。それは他のクラスにも知られている。だからかえって怪しい行動になってしまったのだ。
「いや、中部地方、あんまり覚えていなくて……」
 自分でも苦しい言い訳だと思った。ちょうど下級生たちが集まってきて、それ以上前田には突っ込まれずに済んだ。ランドセルに社会の教科書をしまう時も、音楽の教科書のわずかな厚みを確認した。
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