第30話

文字数 1,084文字

 次の日の掃除の時間になって、ようやく泰史の漢字ドリルが発見された。泰史は最初、大声を出したようだが、周りは関心を示さなかった。何事もなかったかのように掃除が進んでいった。これが別の誰かなら、怒ったり泣いたりしつつ、先生にドリルを渡すだろう。そして掃除用具入れから見つかったことも教師に伝わり、何かしらの説教が始まるはずだ。もしかすると犯人も分かるかもしれない。でも、今回は泰史。これまで泰史の周りで起きていた騒ぎは、泰史自身の声で成り立っていたのだ。しかも泰史が宿題を出していないことは、別に珍しくもない。提出物だからと言って、丁寧に保管しているとも思えない。だから汚れて折れ曲がった漢字ドリルを今から提出しても、教師も何の疑問も持たない可能性がある。しかも泰史が状況を説明したとしても、信じてもらえないだろう。

 その光景を見ながら龍太は、泰史本人にも何も言わずに帰宅した昨日の自分を情けないと思った。今すべきこと。それは、泰史と一緒に職員室に行き、自分が知っていることを先生に伝えることだ。一人だと勇気が出なくとも、洋一郎なら一緒に来てくれるのではないか。もしかしたら吾郎も。でも、この先も泰史の味方になることにはためらいがあるし、孝弘や昭、それに鈴原さんたちが怖い。もしかしたら山田さんもあっちの側かもしれない。

 掃除の時間が過ぎ、五時間目になった。泰史は漢字ドリルを担任教師に手渡した。汚れたドリルを見た先生は、明らかに表情が歪んでいた。
「ちゃんと持ってきて、偉かったです」と取り繕うようなセリフを言って、そのまま自分の机にドリルを置き、号令を促した。やっぱりそのまま受け流した。五時間目の算数の時間に漢字ドリルを提出する不自然さも、黙殺か。龍太は教師に失望しながら、同時に何も言い出せない自分を責めていた。

 六時間目は係決めの時間に充てられていた。龍太は一学期に林間学校のリーダーを経験した。そもそもは受験の時に必要な内申点を上げる目的で引き受けたのだが、やってみると楽しかった。だから二学期は学級委員も含め、何かクラスの代表的な仕事をやってみようかと夏休みのうちは考えていたし、吾郎にもそう語っていた。でも、今のこの雰囲気でクラスをまとめるなんて、オレにできるだろうか? 数か月前までは自分がやると反感を買うのでは、という心配をしていたことを思い出し、苦笑いした。二学期の主な行事は運動会なので、学級委員以外ならこれが目立つ。学級委員は四年生でも経験したので、運動会係にしようかとも思ったが、運動そのものが得意とは言えないこともあり、手を挙げられずにいた。
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