第63話

文字数 1,131文字

 金曜日に図書室に行くと、山田さんと話が出来るような気がしていた。先週は土井さんもいて少し焦ったのか、そう言えば本は借りていなかった。なので塾のない今日、木曜日に図書室へ行こうと思いついた。今日の当番は五年一組だった。ということは、明日は二組。山田さんは、孝弘とカウンターで仕事をしないといけない。今日にしておいて良かったと思った。そして、推理小説のコーナーに行ってみた。吾郎と「シャイロック・ハウジーズ」で盛り上がったせいだ。今まで読んでこなかった長編の「恐怖の蟹」でも借りてみようかな、と手に取る。山田さんはこういうの、好きやろか? とやはり考えてしまう。そして、吾郎に言われた、参考人との話し合いをどう進めるか、に頭を(ひね)る。まず会わないと話にならない。でも明日が当番だから、今日は図書室に来ないだろうな、と思いながらカウンターへと向かった。

 ランドセルに「恐怖の蟹」を入れ、校門を出た。もう山田さんは、泰史の家にプリントを届けただろうか。家にあいつがいたら、会ったりするんだろうか。そういえば、火曜日にグラウンドに行ったのは、どういう理由だったのだろうか。御手洗君のことなら黒木君に伝えてみて、と井崎さんに言ったのは、どういう意図なんだろう。考え出すときりがない。いつの間にか泰史や山田さんの家がある北東方面に向かって歩いていた。

 眼下に御手洗邸が見えるところまでたどり着いた。そして足を止める。自分は泰史に会いたいのだろうか。本当は山田さんに会いたいんじゃないのか。だったら、その先にあるアパートのどこかが彼女の家だ。正確に部屋番号は知らないが、階段のところにある郵便受けを見て回れば、それは分かるだろう。でもそれも違う気がした。何しにここに来たのか、わからない。やっぱり帰ろうか、と思った。

 その時、御手洗邸の木製ドアが開いた。一人は山田さん。間違いない。大人の女性は泰史のお母さんだろう。お母さんが何度もお礼を言っている。そして、山田さんはご馳走様でした、と言ってアパートに向かって歩き出した。山田さんは玄関でプリントを渡すだけでなく、泰史の家に上がっておやつを食べているのか。果たして泰史はその場にいるのだろうか。少なくとも玄関には姿を見せていなかったようだ。家にいるとしても、病気で寝ていたりするのかもしれない。まさか、山田さんが優しく看病したりしているのだろうか。そ、そんなこと、あるのか? 何としても真実を知りたいのだが、ここで山田さんを追いかける勇気はない。じゃあ、どうすっと? 

 中学生の自転車にベルを鳴らされ、道路の端に寄った。そのまま蓋の無い溝に(はま)りそうになり、目を覚ます。西の空が赤く染まった頃、なんとか自宅に辿り着くことができた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み