第20話

文字数 1,166文字

「山田さん、山の植物も詳しいんだね」
「うん? あ、さっきの話、聞こえてたの? あー、なんか恥ずかしいな」
「え、恥ずかしくないでしょ? すごいよ」
「でも、もしかしたら間違ってるかもよ? 黒木くんとか、もっと詳しそうだし」
「いや……。僕はそんな……。植物は、テストによく出るやつしか知らない」
「え、そんなの、勿体ないよ。興味あるの?」
「うーん、そうだね。今日実物をいろいろ見たら、面白く思えてきた」

 嘘つきにも程があると思いながらも、山田さんと二人の共通の話題ができそうで嬉しかった。実際、紫色で目立たないイワギボウシの姿は印象深く、その健気な姿を、清楚なイメージの山田さんに重ねていた。

 炊事場に戻ると、隅っこに洋一郎が一人たたずんでいた。やばい、山田さんと二人でしゃべっているところを見られたか、と焦る。でも洋一郎はその場を動かない。どうやら泣いているようだ。山田さんと一緒に、洋一郎に声を掛けた。

「石黒くん、どうしたの?」
 石黒というのが、洋一郎の姓だ。
「あっ、山田さん。うん、ああ……。いや、なんでもない。龍太、あっち行こうよ」
 せっかく山田さんが声を掛けてくれたというのに、洋一郎はなんという態度だ、と思った。
 しかし飯盒の仕事はそれを火にかけるだけだし、あまり二人だけでいるのもいろいろ問題になるような気がしたので、山田さんに「じゃあ」と言って、洋一郎のそばに寄った。山田さんは特に表情も変えず、炊事場の女子たちの所へすっと入っていった。

 大きな木の裏手に回り、洋一郎は涙を拭いた。泰史にからかわれたのだという。山登りの際におなかが痛くなって、先生に連れ戻された。大便をしたらすっきりして、すっかり元気になった。でも時間もないので、徒歩では戻らず山崎さんや佐々木くんと車に乗って展望台に行った。特に聞かれなかったから、あの場では事情を言わなかったけど、炊事場でその話をした。野菜や肉を切っている時にそんな話するなよ、と赤木や岡本に言われた。でも、調子に乗って、話を続けてしまった。
 そしたら泰史に「うんこ野郎、ギリギリ向山二世じゃん! うんこさぼり! ギリムコー」と言われ出した。
「うんこ、みんなするだろっ!」って言い返したら、今度は鈴原さんに、調理中にそんな言葉何度も言うなって怒鳴られた。そしたら周りの女子たちもやんややんや言い始めて、泰史がますますいろいろ言い続けた。涙が止まらなくなって、飛び出して来てしまった。

 洋一郎には同情したが、自業自得だろうとも思った。それより鈴原さんがみんなの前で洋一郎を怒鳴ったというのが驚きだ。そして向山が近くにいなくてよかったな、と思った。同時に、こっそり孝弘に感謝した。直接お礼を言いたいが、なんだか照れくさいし、内容も恥ずかしい。林間学校の間に伝える機会は、きっとないのだろう。
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