第19話

文字数 973文字

 泰史が車で展望台に来た三人を見つけ、「ズル!」と大きな声を出した。とっさに体育教師が制止した。花子がその中にいたためか、多くの女子が泰史に冷たい視線を放つ。昭は自分が声を出さなかったことで助かったと思っているのか、妙にホッとした顔をしているように見えた。洋一郎が泣きそうな顔で、こちらに戻ってきた。佐々木くんは苦笑いし、静かに三組の皆のところに入っていった。泰史は先生の手を振り払い、(がけ)との境にある柵を握ってわめき散らしていたが、お弁当の配布が始まると何事もなかったかのように列に加わった。龍太と吾郎はお互い目を見合わせたが、何も話さなかった。泰史も含め、静かにお弁当を平らげた。

 下山の際は、クラス全体に疲労感が漂っていた。少なくとも男子の多くは無口になり、ひたすら下りていく、という雰囲気だった。帰り道では、洋一郎も佐々木くんも、皆と一緒だったが、花子はまた車に乗ったようだった。少し傾斜が緩くなった辺りから花子のいない女子の集団は、男子とは逆に賑やかになった。その気がなくとも内容が聞こえてくる。話題は親やきょうだいのことが中心のようだった。なんだって女子は自分の家族のことを他人にこんなにしゃべるとや? と不思議に思っていた。ところが、ふと山道の花の名前を話題にしている声が聞こえてきた。龍太は花の名前などよく分からない。が、勉強に役立つかもしれないのでちょっと集中して耳をそばだてた。はっきり聞き取れないが、マルバダケブキとかイワギボウシとか、塾のプリントでも全く覚えのない植物をスラスラ喋っているのは、山田さんのようだった。すごいな、と素直に感心するとともに、どうしてこんなに詳しいのか、と山田さんに興味を持った。一度泰史が絡んできたが、適当にあしらった。しまった、と思ったが意外なくらいにあっさりと、泰史は洋一郎のそばに戻っていき、手にした大きな葉っぱで洋一郎の頭をパコパコと叩いていた。

 下山後はカレー作りだ。龍太は昨日経験しなかった炊飯を担当する。米を研ぐのは初めての経験だった。何回やっても白い液体が滲み出る。しつこく繰り返していたが、このくらいで大丈夫だよ、と山田さんに声を掛けられた。よく知ってるね、と返事をして、二人で米の入った飯盒(はんごう)焚火(たきび)の場所へと運んだ。さっきの植物のことを話題にしてみようと、思い切って聞いてみた。
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