第71話

文字数 1,011文字

 泰史の母親がそれから実際にどんな行動をとったのか、龍太たちには知る由もなかった。また、次の月曜日になっても泰史は学校に現れなかった。午前中の授業は普段よりも静かに過ぎたように思う。後で思えば、昭と孝弘の声があまり聞こえてこなかったのだろう。そして給食のあと、この二人が担任に呼ばれ、教室を出て行った。井崎さんがこちらに目配せをする。龍太は軽く頷き、吾郎の席へ向かった。山田さんは鈴原さんと喋っていて、こちらを向いてはくれない。ちょっと残念に思いながら、吾郎と一緒に廊下に出た。

「孝弘と昭、呼ばれてたな。あれ、泰史の件だろ?」
 吾郎からこの話題に踏み込んできた。吾郎、やはり何かと鋭い奴だ。「実は土曜日に……」とかいつまんで吾郎に話した。吾郎はうんうん頷きながら真顔で龍太に向き直った。
「そういう流れになったのかあ。泰史はどうかな? 大人の力、なあ」
「どういうことだよ? これであいつらが怒られて解決したら、オッケーだろ」
 と言ったそばから、龍太の心も不安に支配されていく。いや、そんな簡単に行くはずがない。チクったチクられたの応酬。これは下手をすると、龍太や山田さんにも悪影響が出る。いや、泰史のお母さんは「あなたたちの名前は出さない」と言ってくれた。でも、本当だろうか。泰史との口約束を目の前で破って、自分たちに泰史の話をしていたのが、そのお母さんなのだ。

「やばいなあ」
「ところで龍太。ここでお前は山田と、井崎、なんで井崎が入っているのかよくわからないが、この二人を守るという大きな役割ができてしまったな」
 とんでもない話に持って行こうとされているようだが、自分を含めたこの三人が、昭と孝弘から狙われてしまう可能性は、確かにある。クラスで中心的存在の鈴原真由美が昭派であることを考えると、一層困ったことが起きそうだ。

「ううむ、確かになぜ井崎さん……」と吾郎に合わせてみたが、井崎さんなしでは、この状況はきっとあり得なかった。それに山田さんと二人で、と考えるよりもなんとなく気が楽だ。
「真由美も絡んでくるから、事態は難しいな。女子の争いには関わりたくはないけど、あいつらは正しそうな方、というよりも可哀想な方に味方する傾向があるから、意外と大丈夫かもしれないけどね」

 一体吾郎は、こういう分析をどこで学んでいるのだろう。塾の問題集に使われる小説には、時々そういう話題があるようにも思う。テストの点数は龍太の方が上なのだが
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