第85話

文字数 1,147文字

 木曜日は龍太たちの塾と、昭たちの野球練習のどちらもがない日だ。龍太は昭と孝弘に、泰史の家へ一緒に行くことを提案した。掃除の時の流れからすると、どちらも賛成してくれると思ったが、二人とも行きたくない、と答えた。やっぱり一学期までの仕返しをしたいという気持ちが勝っているのだろうか、と龍太は残念に思った。結局、洋一郎と二人だけで泰史の家へ向かった。梨の果樹園を抜け下りると、地主の御手洗邸が見えてきた。

「来たはいいけど、何しゃべったらいいか、分かんないな、俺」洋一郎が不安げにつぶやく。実は龍太も同じ気持ちだが、自分もそうだと伝えてしまうと、二人で回れ右をしてしまいそうだった。
「とにかくさ、会えたら、うん、まずは一緒に遊ぼうぜ、とか?」龍太は取りあえず言葉をつなげた。
「ああ、そんな感じ? なんか、すぐに盗んだ話とか聞きたい気もするけど」洋一郎の正直な台詞に、龍太も思わず同意した。
「いや、俺も知りたい。でも、あいつ隠したいんじゃ、いや、そうか、俺たちに知らせたいのか? あれっ? なんか、分かんなくなってきた、やっぱり」
 そう言っているうちに門の前に着いてしまった。以前、山田さんがやっていたように柵の内側の金具を回して入ろうかと思ったが、やはり門にあるインターフォンを押す方が正しいだろう。ここまで来ておいて押さずに帰るなんて、洋一郎の手前もあり出来るはずがない。週末に山田さんや井崎さんと来た自分だから、泰史のお母さんも歓迎してくれるだろう。そう自分に言い聞かせ、黒いボタンを押した。数秒間の雑音に続き、おばさんの声が聞こえて来た。泰史くんのクラスの黒木と石黒です、と龍太は少しかしこまって伝える。一瞬間があったように思ったが、今行くわね、と明るい声色で返事があり安心した。

 泰史のお母さんが木製の扉を開け、こちらに向かって来た。エプロンを付けたままなので、夕食の準備をしていたのだろう。泰史のそういうところが羨ましい。なんで不良とつるんだり、万引きしたりするんだろう、と改めて思ってしまう。
「ああ、黒木君。この前はありがとう。あと、石黒君ね。いつも泰史と遊んでくれて、おばさん嬉しいわ」洋一郎の顔が少し引きつった気がする。ここは顔に出すなよ、洋一郎。
「ちょっと最近遊んでいないから、どうしたのかと思って、来てみました」洋一郎が言う。意外にしっかりやれるんだな、と感心しつつ、龍太にも勢いが出た。「泰史くんは、家にいますか?」
「それがねえ、家でゲームばっかりやってるから、ちょっと怒ったのよ。そしたらちょっと前に出て行っちゃって。夕飯までに帰るといいんだけど……」
 このお母さんでも泰史を怒ることがある。そこにも驚いたが、万引き騒ぎがあった直後に、出て行かせてしまうことにはもっと驚いた。
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