第116話

文字数 1,021文字

 半年前に買ってもらった五段変速の自転車に跨り、龍太は急いだ。慌てることはないのだけれど、脚が勝手に速くペダルを漕ぐ。上り坂がきついけれど、学校経由で山を越える方が河川敷を回るより早いだろう。それに休日の今日、河川敷ではきっと野球チームが練習か試合をやっているだろう。気にならないこともないが、その場に行って誰かに見つかったらおそらくしばらく付き合うことになる。そう思いながら立ち漕ぎで坂道を駆け上がった。
 学校の校門を過ぎ、もう少し上ったところで下り坂になる。一学期の頃、泰史や吾郎とノーブレーキ勝負をしたことを思い出す。泰史には弱虫だのなんだの言われてコケにされた。結構腹も立ったが、今となっては懐かしい。あの頃、誰にも気を遣おうとしないようにみえた泰史。実はあの頃から寂しさを抱えていたのかもしれない。
 緩めにブレーキをかけながら下っていくと、カーブに差し掛かる。この先で坂道は終わり、御手洗家の敷地や山田さんの住むアパートが見えてくる。そしてつい先日、山田さんと話をした地点を通り過ぎる。山田さんはうちの塾に入ってくるのかなあ、と昨晩と同じことを想像する龍太だった。

 だが、泰史の家は人の気配がなかった。郵便受から新聞がはみ出している。昨日から誰も家に戻っていないのだろう。ということは、泰史とお母さんが一緒に出掛けてしまったのか。昨日からということは、学校があるはずの平日に出掛けていることになる。学校に行かなくなった子の気持ちは違うのかもしれないが、龍太だったら平日に外出するのは気が引けてしまう。親戚の葬式や結婚式でもないと、昼間に堂々と外出はできない。もしかしてそういう出来事でもあったのだろうかと思うが、それなら山田さんのところに情報が入っていそうだ。どうなんだろうと思いながら裏手に回り、土曜日にキャッチボールをした駐車場に出た。泰史のお母さんが使っているはずの白い軽自動車がその端っこにあった。ということは、電車などの公共交通機関を使って出かけたのかもしれない。
 駐車場の向こうには山田さんや井崎さんの家が入っているアパートがある。その先には泰史のおじいさんの家があったはずだ。もし葬式などだとすれば、その家かもしれない。もしそうならちょっと怖いな、と思いつつも龍太の足は御手洗の本家に向かっていた。

 泰史の家よりも一・五倍ほど大きな家の前に行くと、そこには吾郎がいた。お互い顔を見合わせ、指をさしあって大げさに喜んだ。
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