第126話

文字数 1,205文字

 皆が自分の机に椅子を載せ、教室の後ろに下げていく。そのあと各自に割り当てられたところへ散る。龍太は今週も昇降口の担当だ。昇降口は雑巾がけがなく、デッキブラシとモップを使うので作業が楽だ。その分範囲は広い。いつもは五人以上で手分けをし、一人一学年分の下足箱周囲を掃除する。が、今日は龍太一人で二学年分を担当することになった。昭が呼び出されてその場にいないからだ。
 四年生の区画に簀子(すのこ)を戻し、三年生の区画に入る。龍太が転校してきた頃に使っていた下足箱が目に入る。方言を材料にからかわれていたあの頃を思い出す。訳が分からないまま抵抗し、机を投げた。あの時話しかけてくれた佐々木君を始めとする何人かの顔。五年の今、同じクラスに誰一人いないのは不思議だ。四年生の頃には収まっていたので、もう彼らと同じクラスでなくてもいい、と先生たちが判断したのだろうか。だからといってからかう側の中心にいた泰史やその取り巻きだった昭と同じクラスにするのはおかしい。今更だがそう思う。もちろんそう主張しても叶うものではない。もしあの二人と同じ五年二組にならなければ、こんなに悩まなくてよかったはずだ。でもそれは、山田さんとも同じクラスでなかったということかもしれない。
 そんなことを考えながら掃除という作業を進めた。ふと顔を上げたとき、河田さんと目が合った。彼女は五年生の下足箱を雑巾で拭いていた。
「えっ、そんなとこ、雑巾で拭くの?」驚いて龍太が尋ねる。
「当たり前じゃん。やってないの?」
「やらない。だって、汚れてない」
「そんなはずない。土だけじゃない、校舎の埃だってついちゃうでしょ」
理屈では分かるが、見た目に汚れがないのだからいいじゃないか。龍太はそう思っていた。
「じゃあさ、黒木君。簀子を外して、水を流してデッキブラシで磨いているけど、それは汚れているからやってる、って思っている?」
「え、そりゃあ、そうだ」
「ほんと? 見た目、そんなに汚れていないんじゃない?」
 龍太ははっとした。確かにこの作業は皆がやっていて、やるものだと思ってやっているだけだ。
「いや、うん。俺、実は汚れているなんて思わずにやってる。作業の見かけが派手で、掃除している感じが出るのかな。これをやって、満足する」
「でしょ? 掃除ってそういうもんじゃないよ」
 河田さんは真面目だが要領が悪い。そう思って彼女を見て来た。あまりものを考えずにこなしているだけの人だと思っていた。しかし、午前中に聞いた担任教師への評価や今の掃除に対する考えからは、決してそんな人物ではない。むしろ龍太の方がものを考えずに流れ作業をこなしている。
 龍太は四年生の下足箱を上から下に、雑巾でなぞった。雑巾はあっという間に黒く汚れてしまった。河田さんは、「ほらね」と言って五年生の区画に戻っていった。
 そんな河田さんを見送ると、職員室の方からこちらに向かって歩いて来る昭と孝弘が目に入った。
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