第123話

文字数 1,200文字

 学校に行っていないとはいえ、平日に母がその子を連れ出すのは問題ではないか。龍太は疑問に思いながら山田さんの話を聞いた。
「おばさんはお洒落な感じだったらしいけど、泰史君は普通の格好だったみたい」
「今日は休日だから、早めに旅行を始めるとか、あいつの家ならアリだな」
 吾郎がそう言ったとき、龍太は何か思いついたように目を見開いた。それを見た吾郎も、同じことを思ったようだ。
「もしかして、大阪?」「大阪だ」二人は同時に声を上げる。
 事情は山田さんも知っているようで、「そうか、全然思いつかなかった。そうだよね、きっと」と納得したように頷いている。
「大阪のお父さんの所だとして、今日か明日には帰るんだろうか」
 龍太はそう言ってから、半かけらになった山田さんのチョコチップクッキーを口に入れた。
「いや、帰ってこないかもしれない」吾郎はクッキーを頬張りながら答える。
「それなら、泰史君も楽しんで来れたらいいね」山田さんは澄んだ声で話を続けた。
「泰史君の家、今夜電気が点くかどうか、みておくね」
 山田さんがそんな風に他人の家を覗き見たりすることが、龍太には何となく意外で新鮮だった。
「山田、探偵みたいなこと、好きなんだな」吾郎が指摘すると、
「黒木君が教えてくれた『シャイロック・ハウジーズ』の影響かな?」と笑顔を見せる山田さん。その横顔を眩しく感じながら、龍太は嬉しくなってきた。
「あ、山田さん、『ハウジーズ』、読んでいるんだね?」龍太が尋ねる。
 すると吾郎がちゃちゃを入れて来た。
「俺も『シャイロック・ハウジーズ』は詳しいぜ。勉強は龍太に負けてるけど、『ハウジーズ』なら、俺の方が知っているかもな」
「え、そうなの? すごいね、杉田君」
 どうも吾郎は、会話において自身を主役に持っていく技に長けている。それは素晴らしい力なのだけれど、山田さんとの会話で発揮されてしまうのは困る。龍太はそう思いながらも、主導権を握りきれない自分が情けなかった。

「もう一時になるな、そろそろ帰らないとさすがにマズい」そう言ったのは龍太だった。
「確かに。クッキー旨かったけど、腹は余計に減ったな」吾郎が言う。
「ごめんね。なんか引き留めてたね」山田さんがそう言ったので、ここは一言先んじようと龍太が受ける。
「泰史のことだけじゃなくて、いろいろ楽しい話ができてよかった」
 龍太が言い終わると、山田さんはにっこりと微笑んだ。
「泰史君が帰ってきたら、また土曜日はキャッチボールするんでしょ?」
「もちろんだよ、な、吾郎?」龍太が問う。
「おう。山田、覗いてみるか?」
「泰史君、どう反応するかな。面白そうね」
 楽しそうだが、ライバルが増えそうな予感もする。
「じゃあ、みんなの声が聞こえたら、駐車場にでてみよっかな。楽しみ」
「うん、有り難う。じゃあ帰るね」龍太が自転車のハンドルを握ると、吾郎もそれに倣った。
「明日、学校でね。ばいばーい」
「ばいばーい」
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