第58話

文字数 928文字

 そうは言っても、あれを見て黙っておくのは辛い。先生には言わない、と約束したが、例えばクラスの誰かや龍太の親には相談してもいいのではないだろうか。父も、一人で解決しようとしない、と助言をくれたはず。でも、そこから担任に漏れるのだろう。それは友達でも同じかもしれない。でも、誰かと情報を共有したい。洋一郎? 吾郎? 山田さん……?

 山田さんと話すきっかけが欲しいのは確かだけど、この件は慎重になった方がいいかな、と龍太は思った。山田さんを信用しているとはいえ、やはり女子。話が広まって、鈴原さんから昭に伝わるまでに、おそらくそんなに時間がかからない。そうなると、今度こそ昭に狙われる。いや、自分が殴られたりすれば、さすがに担任や親も乗り出してくれるかもしれない。それで解決に向かうなら、犠牲になってもいいような気がする。気がする、けれど、そこまでやるべきことだろうか。やっぱり怖い。


 火曜日で塾はなく、生き物係の当番は明日だ。特に予定のない夕方、ちょっと気になったので河川敷にあるグラウンドに行ってみることにした。少年野球チームが練習をしているはずだ。昭、孝弘、それに泰史がいるはず。橋脚の影に陣取り、そこからは出ないように注意した。それでも昭の背中はすぐに分かった。チームの中でも確かに体が大きい。声を出しながら外野の守備練習についている。こちらからだと一番近い場所に昭がいることになるが、多分バレないだろう。そうすると内野には孝弘と泰史はいるのかもしれない。ちゃんとしたポジションを聞いていなかったこともあり、判別がつかない。

 孝弘の伯父さんであろう大人の男性が打ち上げた球を、簡単そうに捕球する昭。宮崎時代には父とキャッチボールをしていたが、もう二年も前。その球とは勢いが全く違う。正確に落下点へ入り込むだけでも凄いと思った。確かに、カッコいいのかもしれない。更に捕球後、すかさずキャッチャーを目掛けて一直線に投げ返す。狭めのグラウンドとはいえ、ノーバウンド。おお、と声を出しそうになる。同時に、黄色い声が耳に入った。

 この声の主は鈴原さんだな。顔ははっきり分からないが、きっとそうだろう。他に二人いる。井崎さんと、中屋敷さ……、えっ、やっ、山田さん?
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