第97話

文字数 1,097文字

 塾のない火曜日だったが、井崎さんの行動をみるためにわざわざ河川敷のグラウンドまで足を運ぼうとまでは思わない。それでも学校で自分が彼女に言った、「大人に頼ろう」という言葉を考えてしまう。井崎さんがどうするのか、ということも勿論だが、泰史の件で自分たちが大人に頼っていいのではないか、と思うのだ。でも、と龍太自身がすかさず反論する。一番頼れるはずの担任があんな感じ。泰史のお母さんは自分たちが頼るべき相手ではないはずだし、そもそも何か変だ。うちの親が出ていくのも場違いな気がするが、お父さんは割と客観的に意見をくれるだろう。お父さん、と頭に浮かんだとき、泰史のお父さんはどうなんだろうか? とも思い立った。うちのお父さんが泰史のお父さんと関わりがあれば何か話が進むかもしれない。しかしお母さん同士はともかく、お父さん同士のつながりなんて今まで見たことがない。ただお父さんは薬局の経営をする薬剤師なのだから、近所付き合いも大事にしているかもしれない。

 そうは言っても、いきなりお父さんに聞くのはやはりためらいがある。そういう時は吾郎だ。塾のない日なのだから吾郎も家にいるだろう。そう思って傘をさしながら吾郎の家に向かった。雨は小降りになっていた。

 吾郎の家は平日の夕方、大人がいない。お母さんが近所のスーパーマーケットで働いていて、スーパーで売っているお惣菜が夕飯になる。大人がいないので気軽に遊びに行け、しかも「ポテイトスライス」「ねじれエビせん」などのスナック菓子も食べ放題。泰史の家のようなおいしいケーキはないが、居心地は最高と言っていい。

「ゴロゴロコミック」を読みながら、龍太は吾郎に話題を振った。
「吾郎? 泰史のお父さんって、何しているのかな? キャッチボールとか、してないのかな?」この前洋一郎がお父さんとやっている、という話をしていたのを思い出しながら聞いてみた。龍太自身も、数えるほどではあったが、弟の俊太も含め三人でキャッチボールをすることがあるくらいだ。なので当然そのような機会があるものだと思っている。
「ん? ああ、泰史のとこはなあ、お父さん、家にいないんだよ」
 想定外の答えに龍太は驚く。聞いてはいけない話だったのだろうか。
「あいつのお父さん、大阪にいるんじゃなかったかな? 去年から。単身赴任ってやつかな。それで帰ってくるの、月に一回もないくらいなんだって」

 去年からお父さんのいない時間を過ごしている泰史。一人っ子の彼が寂しい思いを抱いていることは簡単に想像できた。野球の練習や試合にもよく来ていた泰史のお父さんがなかなか姿を見せなくなったので、吾郎も知った情報だった。
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