第113話

文字数 1,063文字

 自分の部屋に入った龍太は、ランドセルを床に降ろしてベッドに寝そべった。そのままうーんと伸びをする。一人になれる空間があるのはすごくいい。明日は文化の日。学校も塾も休みなので自由な時間がたっぷりあるような気がする。何もしないでのんびりするのもいいけれど、やっぱり勉強はした方がいいだろうな、と考えてしまう。多分来年、六年生のこの日は受験直前の追い込み講座や模擬テストなどで忙しいはずだ。同じ塾で六年生の太田さんはものすごく優秀だと聞いているが、そんな人はきっと更に猛勉強をしているのだろう。
 そう思うと気持ちが焦ってきた。とりあえず塾の宿題を夕飯前に片付けてしまおう。龍太は塾用の鞄からテキストを取り出して、ページを開いた。算数は基本的に得意な方だが、その中では図形の問題には苦手意識がある。学校なら六年生で習うような項目も既に習っていて、教科書レベルは解ける。しかし受験用のテキストで応用や発展と書いてあるような問題は難しい。分量は多くないのに、どうしても時間がかかる。解答をみてやってくる人も多いように思うが、龍太の家ではお父さんが別冊の解答をどこかに仕舞っているのだった。
「ここに一本、線を引けばいいとかなあ……」
 補助線を引いたその図をしばらく眺めていると、共通の底辺を持つ三角形が浮かび上がってきた。
「おおっ、たぶんこれで正解だ」
 計算もスムーズに進んでいった場合は、大体答えがマルになる。一人で小さくガッツボーズをとり、次の問題文を読んでみた。これは結構簡単かも。そう思った瞬間に山田さんのことを不意に思い出した。
「山田さんが塾に入ったら、これとかは解けるやろか?」
 習っていない公式などはその都度確認しながら解いていけばいいのだけれど、補助線一本にどう思いいたるか、というのは説明するのが難しい。思いつたから、思いついたんだ。としか言えない気がする。もしかすると本当に一緒に勉強する日がくるかもしれない。その時のために、ひらめきがどうして出て来たのか、を説明できるようになりたい。
 そんなことを考えていたら、新しい問題に取り掛かることができなくなってきた。さっきの補助線があそこに引ける理由。適当に結んでみた、で山田さんが納得してくれとは思えない。多分同じような問題を解いたことがあるから思いついたのだけれど、それも説明としてはいい加減だ。
「ああ、難しいんだな、人に説明するって」
 龍太は塾の先生たちの顔を思い浮かべ、彼らに敬意を表明したい気分になった。宿題は二問しか進まないまま、階下から母の声が聞こえて来た。
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