第39話

文字数 1,008文字

 身が引き締まる思い、とはこんな状態のことだろうか。泰史のことを解決しないといけない。山田さんが協力してくれるのだ。つまり、山田さんと同じ目標を持って行動する、ということ。責任感のようなものも感じながら、同時に嬉しさがこみ上げる。

 しかし、と龍太は思いとどまる。これまでも感じていたモヤモヤが増幅されるのを自覚する。まず、どうして山田さんは泰史を気にかけるのか。彼女が優しいから。クラスのことを考えるから。きっとそうだ。でも、それだけだろうか。手紙を見直すと、やはり龍太を含めた他の男子は姓で書かれているのに、泰史だけは「やすし君」だ。図書室前での会話も思い出される。泰史の姓は「御手洗(みたらい)」で、なんとなく呼びにくい。漢字も簡単とは言えないが、ひらがなで「やすし君」と書いてあるのは、親しみの表現であるような気もしてくる。それは龍太へは向けられていないものだろう。
 一方で、一学期に龍太が彼らのターゲットになっていたことを山田さんは勘付き、気遣ってくれていた。あの時も別の誰かと、龍太を助けようとしてくれていたのだろうか。

 そしてもう一つ。「松本君」と書かれている孝弘。孝弘から直接確認はしていないが、あいつが山田さんのことを好きなのは見え見えだ。でも孝弘は、井崎さんに好かれていると書いてある。しかも鈴原さんと昭とがそういうことなら、井崎さんが大人しく眺めているだけで終わるとは思えない。なんとかして孝弘と井崎さんとをくっつけて、孝弘の魔の手が山田さんに届かないようにしなければならない。文面からすると、山田さんは孝弘に特別な感情は抱いていないだろう、と推測できる。むしろ今はいじめる側にいる孝弘に気を許すとは思えないし、山田さんが井崎さんと戦うことも想像できない。でも、安心はできない。洋一郎のことは敵ではないと思っているが、運動が得意な孝弘が動いたときに勝つ自信はない。

 そして当然だが、返事を書かなくてはいけないと思った。でも、どうしよう? 手紙の内容はつまり、どうやって山田さんと一緒に泰史を助けるか。それが無いと意味をなさない。埴輪のボールペンと共に、怪しまれずに渡す方法も考えなければならない。

 こんな時に漢字練習なんてやるものではない。マスが全然埋まらない。「山田陽子」と書きまくって一ページ埋めてしまいたくなるが、なんとか抑える。しかし十回練習の熟語は、「夫婦」。またしてもノートから目を離してしまう。
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