第62話

文字数 1,069文字

 次の朝も、泰史は学校に来なかった。昨日プリントを届けに行ったはずの山田さんに、様子を聞きたい。山田さんに話しかける機会を伺い続けたが、午前中は出来なかった。井崎さんも、「今日も来ないね」とは言っていたが、それっきりだ。昼休みは洋一郎と運動場に出た。どうも二人だとしっくりこない。数人がドッジボールをやっていたので、そこに混ぜてもらった。昭と孝弘はいなかった。

 途中から入ったので、外野スタートになった。早速ボールが転がってきたのでそれを拾い、あっちの方向を見ている吾郎に投げつける。簡単に当たってしまい、文句を言いながら吾郎が外野に出た。昨晩、吾郎は松野さんにやたらと話しかけていたので、泰史の話題を振ることができなかった。吾郎とは情報を共有したいと思っているので、相手コートの外野に目配せをする。岡本がなぜか反応して、人差し指を立てて来た。お前に用はない、とばかり龍太は顔の前で素早く右手をふった。それで吾郎はようやく気付いてくれ、鉄棒の方向を指さした。ドッジボールが一段落し、背の低い鉄棒に腰かけた。

「あれだろ、泰史のこと」
「何か、病気じゃないんじゃねえの?」少し悪ぶって龍太が続ける。
「そんな気もするよな」
「実は昨日、聞いたんだけど、野球に行くって言って家を出たのに、練習に出ていなかったらしい。月曜のことだけど」
「ふーん。え? 龍太、それ誰に聞いた? 孝弘?」
「ああ、まあ……」何故か、井崎さんの名前を出しにくい。

「すると、何だろ? 泰史のやつは親を騙して何処かへいき、その次の日から学校も休んでいる、と」
 泰史のことを心配しながらも、吾郎の言葉から「シャイロック・ハウジーズ」の探偵シリーズを想像してしまった。現状では吾郎がハウジーズで、龍太は助手のワットサンだが。少し間をおいて、吾郎が続けた。
「これは、私の灰色の脳細胞ですぐに解決だよ、ワットサン君」
 同じことを考えていたようで、二人で笑った。ちょうどチャイムがなった。もう運動場に人はいない。やばい、掃除に遅れる。

 掃除の最中も吾郎は名探偵ハウジーズを続けていた。龍太としては、ワットサンでもいいのだが、ちょっと悔しい。そしてハウジーズが言う。「ワットサンくん、ここは重要な参考人がいるぞ。ボヘミアの山田嬢だ!」ふざけ過ぎだが、悪い話ではない。ん? それ、俺が聞くと?

「この仕事は是非、ワットサンくん一人にお願いしたい。私は現場へ行ってくる」と言って掃除をサボろうとする吾郎。何言ってんだ、お前は、と思いつつ、山田さんに話を聞きに行かざるを得なくなって、少し嬉しかった。
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