第78話

文字数 1,148文字

 塾の休み時間に、松野さんとふざけ合っている吾郎を捕まえた。不満そうだったが、泰史の話を切り出すと身を乗り出してきた。
「やっぱりかあ。里田さんとなあ。で、龍太? それでも昭たちと戦うのか?」
 こうなるとむしろ、まずあの連中から泰史を引き離すべきだろう。それに野球チームの先輩だった里田さんがバックにいるのなら、昭も泰史には手を出せないのではないかと考えた。となると、昭や孝弘から恨みを買ってしまっている現状は辛い。
「でもさ、昭は泰史のことをコケさせたりしてたんだろ?」吾郎に指摘され、思い出した。昭たちも以前、里田さんと泰史が一緒にいるところを目撃していたはずだ。ということは、泰史が告げ口などしないヤツだと思っているのだろう。昭や孝弘をズルいと感じる。同時に泰史の強さを知っている昭や孝弘は、やっぱり仲間であるべきだとも思った。
「里田さんのことを改めて昭に伝えるのも、なんだかなあ」

 そう龍太が言った時、松野さんが口を挟んできた。
「御手洗君の話? 夜に見かけたって、私、言ったよね? あの時も確か、中学生みたいな人と一緒だったよ」
 松野さんは二人の会話を全部聞いていた。五年二組の話に、四組の松野さんには関わってほしくない気もするが、知恵を借りるのもよさそうだ。いや、そうならざるを得ない。
「里田さんって六年生だよね。あの人のお兄さんも、怖いんだよなあ」
 そのお兄さんは中学二年生のはずだから、あのジャングルジムにいた一人かもしれない。ますます泰史を救い出すというのは無謀な挑戦のように思えてくる。

 休憩後の授業は算数だった。問題が難しく、むしろ泰史の件は忘れて集中できた。それが終わると、松野さんがすかさず駆け寄ってきた。「私、何か見かけたらすぐに教えるから。じゃあね!」今日も車でお迎えがある松野さんは、楽しそうに教室を出て行った。有り難いが、やはり他のクラスのことだから気楽なのかな、とも思ってしまう。

 龍太と吾郎は、松野さんの事から泰史の件へ話を移しながら夜道を歩いた。以前、泰史らしい自転車とすれ違った交差点で、吾郎が言った。「わかった。ひとまず問題は、昭たちが泰史に暴力を振るったり、悪口を言ったりすることだからな。そこは俺も嫌だから、龍太にしっかり味方する。学級委員としては、どっちにもつきたくないけどな。優等生の篠山女史にも、ちょっと話そうかな。真由美と篠山の関係は良く分からんが、ということは仲良しじゃあないだろうし」
 そう言ってもらって、ようやく龍太は安心した。また、鈴原さんに対抗できる女子はいないと思っていたが、学級委員の篠山さんならどっちつかずの女子を引き寄せることができるかもしれない。またしても勉強以外での吾郎の賢さを見せられたな、と思いながら龍太は布団に潜った。
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