第40話
文字数 1,159文字
小学五年男子の龍太が、気の利いた便箋などを持っているはずはない。それを買わなければ手紙の返事は出せない。学校や塾の友人に相談はできないし、母に頼むのも恥ずかしい。文面ももちろんだが、どのような便箋と封筒を入手するか、というのも龍太に立ちはだかる難問だった。塾へ行く前に文房具屋さんに寄るしかないな、とは思うが、誰かに見られたらどうすっと? と不安は尽きない。考えながらいつの間にか眠ったようで朝を迎えていたが、むしろ目は冴えている。ひとまず新しいノートに下書きをしよう、と机に向かった。
もちろんそう簡単に思い付き、文章が作れるはずもなく、朝食を食べ、登校する時間が来た。こういう時、お姉ちゃんがいたら助けてくれるのだろうか? と思ったが、きっと茶化され、バラされて終わるような気がした。
いつもの通り、昭と孝弘はすでに教室にいたが、必死で机に向かっている。漢字練習が終わっていなかったようだ。これなら山田さんと話が出来るかもしれない、と教室の後ろにある扉の近くに立って、壁の絵を眺めるふりをした。夏休みの宿題で、自分が描いた宮崎の郷土料理が目に入り、懐かしさがこみあげてきた。実は今回の帰省では食べていなかったのだが、しっかり甘酢の効いたチキン南蛮をリアルに描いたつもりだ。食いたかとねえ。と思ったその時、階段の角から出てきた山田さんに気付いた。手紙は書けなかったが、何か言いたい。ボールペンは机に入れっぱなしにしてしまったし、どうする?
「おはよう」
思い切ってこちらから挨拶をした。
「黒木君、おはよう」
しかし、会話はここまでだ。何かを聞いてくれる訳でもなく、ただいつものように挨拶をした彼女は、自分の席へと向かって行った。がっかりした気持ちと共に、ここまで何もない素振りができる山田さんに少し恐ろしさを感じつつ、龍太も自分の席についた。昭と孝弘は宿題が終わったらしく、話し声が聞こえてくる。その時、泰史が入ってきた。山田さんと同じくらいのタイミングになることもある泰史。そういえば家のある地区も同じだ。今朝は別々で助かったが、危ないところだった。宮崎から転校してくる時に抱いていた東京っ子のイメージとは大きく異なり、野生の子ザルのような泰史。こいつのために苦労するのか、と思うとちょっと悔しい。が、山田さんと仲良くするきっかけになるかもしれないので、いいヤツなのかもしれない。そう思って話しかける。
「なあ、泰史。漢字、書いてきたか?」
「あっ。まあ、いつものことだ!」
と笑う泰史。龍太の隣にいる井崎さんと、泰史の隣にいる小島さんが露骨に顔をしかめる。
「泰史は凄 えな。逆に」
と龍太は答えて前を向いた。
まずは毎日、こうやって少しずつ話をしていけばいいんだ。そう思った。山田さんは、きっと見てくれているだろう。
もちろんそう簡単に思い付き、文章が作れるはずもなく、朝食を食べ、登校する時間が来た。こういう時、お姉ちゃんがいたら助けてくれるのだろうか? と思ったが、きっと茶化され、バラされて終わるような気がした。
いつもの通り、昭と孝弘はすでに教室にいたが、必死で机に向かっている。漢字練習が終わっていなかったようだ。これなら山田さんと話が出来るかもしれない、と教室の後ろにある扉の近くに立って、壁の絵を眺めるふりをした。夏休みの宿題で、自分が描いた宮崎の郷土料理が目に入り、懐かしさがこみあげてきた。実は今回の帰省では食べていなかったのだが、しっかり甘酢の効いたチキン南蛮をリアルに描いたつもりだ。食いたかとねえ。と思ったその時、階段の角から出てきた山田さんに気付いた。手紙は書けなかったが、何か言いたい。ボールペンは机に入れっぱなしにしてしまったし、どうする?
「おはよう」
思い切ってこちらから挨拶をした。
「黒木君、おはよう」
しかし、会話はここまでだ。何かを聞いてくれる訳でもなく、ただいつものように挨拶をした彼女は、自分の席へと向かって行った。がっかりした気持ちと共に、ここまで何もない素振りができる山田さんに少し恐ろしさを感じつつ、龍太も自分の席についた。昭と孝弘は宿題が終わったらしく、話し声が聞こえてくる。その時、泰史が入ってきた。山田さんと同じくらいのタイミングになることもある泰史。そういえば家のある地区も同じだ。今朝は別々で助かったが、危ないところだった。宮崎から転校してくる時に抱いていた東京っ子のイメージとは大きく異なり、野生の子ザルのような泰史。こいつのために苦労するのか、と思うとちょっと悔しい。が、山田さんと仲良くするきっかけになるかもしれないので、いいヤツなのかもしれない。そう思って話しかける。
「なあ、泰史。漢字、書いてきたか?」
「あっ。まあ、いつものことだ!」
と笑う泰史。龍太の隣にいる井崎さんと、泰史の隣にいる小島さんが露骨に顔をしかめる。
「泰史は
と龍太は答えて前を向いた。
まずは毎日、こうやって少しずつ話をしていけばいいんだ。そう思った。山田さんは、きっと見てくれているだろう。