第7話

文字数 1,034文字

 孝弘は、軽く拳を挙げ、龍太の頭上にポンとそれを落とした。
「これで、おしまい」
 あっけにとられつつも、助かった、と思った。 
 孝弘はそれ以降、龍太に対して普通に接してくる。遊びに行き会う仲にはならないけれども、学校では何事もなかったかのようだった。

 それから数日経って、孝弘と泰史に話しかけられた。
「なあ、龍太。最近、吾郎ムカつかない?」
 一瞬、言葉を失い、泰史の目を見た。マジだ。孝弘はちょっとそわそわしているように感じた。
「え、うん……そうだね……」
 龍太としては、自分をからかっていた吾郎にも良い印象はないが、それは孝弘も泰史も同じである。この三人の中では吾郎の冗談が最も面白く、どちらかというと女子受けするタイプだ。でも龍太としては、それが気に障ることもない。
「よし、じゃあ、俺たち仲間だ。今日からお前も吾郎をロクヨンしてくれ」
 ロクヨン? すぐには分からなかったが、少し考えて無視のことだと分かった。そうか、オレもこんな感じでロクヨンされたのか。
 でも、え、待てよ。今の話じゃ理由がよくからないけれど、俺も吾郎を無視する仲間になったってこと? ああ、そのためにオレを攻撃するのを止めたのかあ。そう気が付いて、吾郎を無視しなかった場合に二人から受けるであろう仕返しを想像した。

 あの場で、理由も特にない自分が吾郎を無視することを拒否できなかった。その思いが龍太を悩ませた。自分はむしろ、クラスの中で過ごしやすくなっている。それは授業中に手を挙げて発言したり、掃除を進んでやったりという行動にも表れていた。でも、本当にこれでいいのだろうか。
 吾郎がだんだん孤立していくように見えた。これまで大きな声で龍太に暴言を浴びせていた吾郎が、目立たなくなっていく様子を、クラスメイトや教師はどう見ていたのだろうか。おとなしくなって、よかった? 本当に?
 龍太にはその原因が分かっていた。龍太から吾郎に話しかけることは元々多くなかったし、泰史や孝弘の監視があるから、敢えてそんな危険な行為をすることは出来ない。でも、自分が味わったつらい思いを今まさにしているだろう吾郎を、放っておいていいのだろうか。泰史や孝弘の策略を知っているはず自分は、知らないふりをし続けるべきなのだろうか。

 そんなはずはない。花子の時の暗い気持ちも思い出した。だからこっそり、下校の後に吾郎に話しかけてみた。ほんの数言、他愛もない話だ。でも、何だろう、吾郎は嬉しそうにも見えたし、悲しそうにも見えた。
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