第101話

文字数 1,119文字

 山田さんが龍太の目の前でしゃがんでいる。おでこで切り揃えた前髪がかわいい。ずっと見ていたいがそういう訳にもいかない。一時間目の後も同じ状況だったが、今はそれより長い中休憩の時間。山田さんは龍太の席まで来て、話をしているのだ。もっとも龍太はそれを眺めているだけだが。
 山田さんの話し相手は井崎さん。昨日までとは違う景色が広がっている。井崎さんが山田さんの前に座る鈴原さんの席に行って、何人かがおしゃべりに興じるというのが五年二組の休み時間だったのだ。二人の話す内容は嫌でも聞こえてくる。嫌ならここから離れればいいのだけど、それも寂しい。そんな龍太のことを察しているのか、洋一郎や吾郎も龍太を誘いに来なかった。もしかすると山田さん、井崎さん、そして龍太の三人が話し合っているように見られているのかもしれない。誤解だ、と思いながらも悪い気はしない。
 ただやっぱり、ミニバスケットの練習については話題から外しているように龍太には思えた。二人の話している内容は、女子あるあるのアイドルやキャラクターの話だ。なので実際、龍太には参加できようもない。
 そのように考えていたところで、井崎さんが龍太に話を振った。
「黒木君。今日の飼育小屋だけど……」
 なんだよ、唐突に、と思ったが、バスケの練習に行くのなら早く切り上げたいはずだ。ならば、と龍太が身構える。
「ちょっと早めにやろうか? 一緒にやれば終わりも早いよね」
 ウサギの糞掃除も一緒にやってくれる、という意味だろうか。確証は持てずに愛想笑いをする龍太。そこに山田さんが口を挟む。
「黒木君、よかったね。今日は早く帰れるね。悠ちゃんもその方がいいし、ね」
 今学期は生き物係ではない山田さんは、これまで何回かその仕事を担当していたので内容は把握している。実際のところ、普通に二人でやれば三十分もかからない作業だ。山田さんに言われると、一層簡単にできるような気がしてしまう。
 昼休みも山田さんと井崎さんは一緒に行動していた。さすがについて行くのは無理だ。洋一郎を誘って校庭に出、土曜日に泰史の家に行ったとき席替えの話を振ろう、と伝えた。洋一郎は素直に「いいアイディアだな」と言ってくれた。それで学校に来れたらいいよな、と二人で話し合った。

 飼育小屋の掃除はスムーズに進んだ。糞を塵取りで集める作業はやはり龍太が担ったが、ゴミ袋は一緒に運んだ。その時になって井崎さんが龍太に言った。
「今日、ミニバスの練習に時間通り行けそう。有り難う。黒木君」
「あ、行くんだね。よかった」
 そう答えてからちょっと間を置いて、龍太は尋ねた。
「野球は?」「うん、今日はないから」
「そうかもしれないけど、今日のことだけじゃなくて……」
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