第23話

文字数 1,191文字

「俺、特にいないんだけど……」
 すかさず昭が突っ込んできた。
「あれ? 龍太は、山崎花子じゃないのかよ?」
「プッ。そうだな! でも、今はクラスの中で、って聞いてるんだよ」
 泰史が少し語気を強めて言った。花子は一組で、クラスが違う。昨日とは範囲が異なるということか。昭は黙ってしまった。

「いや、山崎さんも違うけど、クラスにも、別に……」
 何とか逃げようと龍太は思ったが、あっ、と声を出した奴が一人。洋一郎だ。
「なんだよ、クソ一郎、声がでけえよ。先生来ちゃうだろ」と泰史。まだクソ一郎と呼んでいるのか。仕方のない奴だと思いつつ、洋一郎が続けるであろう言葉に身構えた。
「龍太さ、夕方、山田さんと二人っきりでいたろう? あれ、何してたんだよ?」
 そのときの自分の状態を思い出せよ、お前。と腹立たしいが、この情報は泰史のみならず昭を、そして吾郎をも引き付けてしまった。龍太は耳にも頬にも熱が溜まったことを自覚し、しどろもどろになりながら声を出した。

「い、いや。あれは飯盒(はんごう)のお米を研ぐのが二人の仕事で……」
 明るい場所なら耳まで赤いのがすぐにばれそうなので、助かったと思った。
「ふーん、そう。でも、仲良さそうに喋っていたよなあ」
 洋一郎が更に追い打ちをかけようとする。
「そ、そりゃあ、何も喋らん方が、おかしいっちゃろう」
 思わず宮崎弁が出てしまった。
「おっ、龍太、お前、動揺してるねえ」
 龍太の変化を捉えたのは、吾郎だ。
「でも、山田さん、結構かわいいよね。性格も優しそうだし。誰かと違って」
「誰かって、誰よ?」と昭。
「そりゃあ、真由美だよ、真由美。鈴原のことな。あいつ、顔がかわいいのは、ずっと近所の俺も認めるけど、ありゃあ、やばい」
 そして、話題の中心は鈴原さんになった。それも吾郎と、日中に怒鳴られた洋一郎とが彼女の悪口を言い合うという展開だ。龍太は自分と山田さんとの話題が途切れて安堵した。しかし、泰史が、そして実は鈴原さんを好きな昭が、黙って聞いているのが怖かった。吾郎はどうか分からないが、洋一郎は泰史と昭、二人が鈴原さんを好きだということを知っているのだ。大丈夫か、洋一郎……。

「だけど、俺には優しいよ」と昭が言う。
「この前なんか俺が消しゴム無くして困っていた時、ピンクのやつをくれたぜ」
 初耳だったらしく、泰史が反応した。
「何? そんなことあったのかよ。俺知らねえし。俺のを半分に割ってやったのになあ」
「何言ってんだよ、泰史がくれないから困ってたんじゃんか」
「そんなことあったかな、このデブ」
「今、それ関係ないだろ」小声だが、昭は答えた。
「待てよ昭、お前、堤実絵子が好きなんだろ? だから鈴原の消しゴム、明日返せよ」
「それも関係ない。泰史、お前鈴原が俺に優しくして、ヤキモチやいてんだろ?」
「違うわっ! それで、お前は堤と鈴原、どっちが好きなんだ?」
 龍太も含め、皆が答えを待った。


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