第98話

文字数 1,156文字

 月末で忙しいのか、夕食時になってもお父さんは自宅に戻ってこなかった。お母さんと弟の俊太と三人で、鶏の唐揚げを食べた。宮崎風にチキン南蛮が食べたいと思ったが、忙しいお母さんにそれを言ってはいけない気がした。チキン南蛮に変身させるには、この唐揚げを甘酢に浸し、タルタルソースをかける必要がある。いや、普通の唐揚げとは衣も違う気がする。やっぱり時間がある時だけだな、と言葉を飲み込んだ。
 皿に載っていた三つめの唐揚げを一口(かじ)ったとき、俊太がお母さんに甘えている姿が目に入る。龍太も笑顔になりながら、泰史のことを思った。この状態から俊太がおらず、お母さんと二人だけの夕食。それが毎晩。小さい頃からずっとその状態ならそれでいいだろうけど、ある日から急に三人が二人になったら……。やっぱり寂しいだろうな、と思う。龍太自身も、お父さんがいない日の夕食はやはり寂しい。少し気楽な時も、正直なところあるけれど。

 ごちそうさまを言ってから、龍太は母に尋ねてみた。
「単身赴任ってあるじゃん? それだと毎日こういう感じになるとね?」
「そうよねえ。最初、お父さんが一人で東京に行くか、って話もあったとやけど、一緒に来て良かったわねえ」
 母がしんみりとした口調で言う。その横で俊太が笑いながら口を拭っている。
「誰か、単身赴任の子がおると?」そう聞き返されたので、
「うん、実は泰史、えっと御手洗君のとこ、一年くらい前からそうらしい」と答えた。
 何かのきっかけになるかもしれないと思いつつ、お母さんはこのことを知らなかったのだと確認できた。
「そうなんね。御手洗さんとこ半年くらい体調悪いんかなあ、お母さんよく薬局に来られっとよねえ」
 小学五年生の龍太でも、これ以上は患者さんの話に入ってはいけないだろうということは理解している。でも気になる。一年前からお父さんが単身赴任。半年前からお母さんの体調が悪い。そしてここ二か月、子どもの泰史がいじめられる側になっている。
「泰史が万引きしたのって、関係あるっちゃろか?」龍太はそう尋ねてみた。
 少し考えてから母は答えた。
「全くないとは言えんよねえ。でもそげんこと人から言われたら、余計に御手洗君もお母さんもきつかろうねえ」そう言って母は俊太の頭を撫でる。俊太は嬉しそうだ。

 確かにお母さんの言う通りだ。龍太は思う。だからお父さんのことを泰史に直接聞いたり、話を振ったりしないほうがいいだろう。でも、じゃあどうする? 険しい表情になった龍太に、母が話を続けた。
「だからね、龍太は土曜日みたいに、今まで通り御手洗君と遊べばいいとよ。余計なことは考えんでいいと。今までと変わらない友達が待ってくれちょる。それだけで安心よ。悪いやつらと一緒におるよりも、前からの友達の方が良か、って思う時まで忘れずに、ねえ」
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