第74話

文字数 1,106文字

 次の朝。泰史はやはり現れなかった。窓際の席では、昭、孝弘、そして鈴原さんが集まって喋っていた。龍太がランドセルをおろし、席に着くと三人がこちらにやって来た。
「黒木君、御手洗君とは、やっぱり仲がいいのね?」鈴原さんが、おはようの挨拶もなしに問いかけて来た。敢えて龍太は、大きめの声で三人に向かって「おはよう」と発し、それから鈴原さんを見た。いつもならもうすぐ井崎さんが登校してくる。山田さんはもう少しあと。その二人が来る前に、カタが付く方がいいかもしれない。

「だから、悪くはないよって。特別良い訳でもなかったと思うけど」
「特別良くないのに、お前もプリント届けに行くのかよ? それも女二人と!」
 孝弘が続けた。ああ、やっぱり話が伝わってしまっている。そしておそらく、孝弘はその女子の中に山田さんが入っていることも気に入らない。

「だって、同じクラスで、席もすぐ前なんだぜ。気にならない方がどうかしているよ」
 この前泰史の家で山田さんが言っていたセリフを思い出しながら、龍太は言った。ちょうどそのとき、井崎さんが隣の席にやってきた。鈴原さんだけでも追っ払ってくれると凄く助かるのだが、流石は鈴原さんだ。先に仕掛けてくる。
「悠子、おはよう。ねえ、御手洗君の家に行ったこと、どうして私に言ってくれなかったの?」まっすぐすぎる。孝弘や昭もそちらに注目してしまった。必然的に、龍太も井崎さんの反応を待つことになった。
「えっ? あれっ? 私、真由美に言ってなかったっけ? ああ、そっか。昨日は飼育小屋の掃除当番で時間なかったから、グラウンド集合だったもんね。ごめんごめん。あ、えっと、それで、何かあったの?」
 糞掃除は龍太がしたので、時間はあまりかからなかったはずだが、そこは突っ込まないほうが正解だろう。

「ああ、うん……。心配してるのは私も同じだから、誘って欲しかったなあ、って」
 笑みを浮かべながら言う鈴原さんは、どこかおかしいのではないか、と龍太は思ってしまう。昨日の練習で鈴原さんは井崎さんと一緒にいたのだから、たとえ夕方で暗くなっているとはいえ、一緒に行こうと誘うことはできるはずだ。
「そっかぁ。ごめんね。今度もしそういうことになったら、絶対誘うから。ごめん!」

 気が付いたら山田さんは自分の席に座っていた。山田さんの席は孝弘の隣。その前が鈴原さんと昭。孝弘からの詰問に戻ることはなく、三人とも自分の席に戻っていった。気になってしまい聞き耳を立てていたが、山田さんが責められているような様子はない。井崎さんもあっちが気になるのだろう。土井さんや小島さんが来てもしゃべろうとはせず、自分の席で国語の教科書をながめていた。
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