第29話

文字数 980文字

 翌日の教室は、いつになく静かだった。すぐ後ろにいるはずの泰史の声が聞こえてこない。表情は相変わらずヘラヘラしているのだけれど、明らかに静かだ。戸惑いながらも泰史に話を振ってみる。
「泰史。宿題、持ってきたか?」
「ああ、うん、漢字ドリルは、持ってきたんだけど……」
 持ってきただけ、か。やってないんじゃなかとか? と思ったが、話は続いている。
「無くなってんだよな……。おかしいなあ、と思って」
 泰史のことだから、家に置き忘れているのではないかと思う。でも、わざわざ龍太にそんな嘘をつくだろうか? 泰史がよく分からない奴だというのは本当だが、どうも解せない。それに、いつもの泰史ならそのことで大いに騒いでいる気がする。

 嫌な予感がし、昼の休憩時間に孝弘を捕まえた。最初はしらばっくれていたが、掃除用具入れの前に手招きされ、扉を開けてみた。バケツの中に、泰史のドリルがあった。
「龍太、お前も一学期にいろいろされたじゃん。俺らの仲間になれよ。ならないんなら、今見たものは絶対に言うな。バレたら、やばいから」
 片目を閉じ、孝弘は早足で鈴原さんや井崎さんのいる方へ行ってしまった。あの二人の女子もグルなのだとしたら、相当陰湿で、きっと手強い。黒幕は、きっと昭だろう。やられていたから、やり返す。それは多分、みんな思うこと。でもそれじゃあ、いつまでたっても終わらない。どちらかが居なくなるまでは。え? いなくなる? そんなことってあるのか?
 そして孝弘の言ったことを反芻してみる。一学期に泰史から罵られたり、無視されたのは事実だ。でも、その仲間に孝弘、お前もいたっちゃろ。お前が何を言うちょるか? だんだん腹が立ってきた。でもだからと言って、孝弘を、そして今の昭を敵に回してまで泰史を守ろうとも、さすがに思えなかった。

 五時間目、真後ろの泰史、そして遠くにいる孝弘や昭が気になって仕方が無かった。あからさまに振り向く訳にはいかない分、かえって気が気でない。視界に入る吾郎は何事もないような態度で授業を受けている。洋一郎は、隣の女子とコソコソ喋っていた。あいつ、山田さんはもういいのか? と思ったとたんに、孝弘の方を見たくてたまらなくなったが、ぐっとこらえる。もし山田さんもあの連中に同調しているのだとしたら……。お土産のボールペンを渡す機会を作って、確かめてみたいと思った。
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