第117話

文字数 1,015文字

「あれ? 龍太、何してんだ?」
「そっちこそ! 泰史と約束でもしている?」
「そんなのはないよ。ただ何となく、気になって」
 昨日、配布物を山田さんと一緒に泰史の家に届けようとしたが、留守だった。そのことを吾郎に伝えると吾郎は急に真面目な顔をした。
「ああ、ところで黒木くん。それはつまり、山田嬢と君は二人で、その、お届け物を?」
 思わず話してしまったことを急に後悔し、赤面する。
「いや……。あはは。そういうことに、昨日は、うん、たまたま……」
「ほほう」今度はニヤニヤしながら龍太を眺める吾郎。恥ずかしくなってきた龍太は、話題を逸らそうと思った。
「それより、泰史はやっぱりいないよね。こっちの家にも、たぶん」
 泰史のおじいさん、おばあさんにあたる人がこの家には住んでいる。しかし休日の朝、人が動く気配を感じない。
「おじいさんたちもいないんなら、親戚の集まりとかだろ、やっぱり」
 吾郎はそう言って自転車に跨った。吾郎の自転車は競輪の選手が乗るようなロードバイク型で大人っぽいやつだ。
「で、龍太。せっかくここで会ったんだし、一緒にどっか行く?」
 吾郎と二人でサイクリング。お昼まではまだ時間があるし、ちょっとくらいはいいかな、と思った。山田さんとの件も誤解を解く、というか言い訳をしておかないといけないからちょうどいいかもしれない。
 二人並んで学校とは逆の道を進もうとしたとき、軽トラックが向こうからやってきた。見覚えのある老夫婦が乗っている。青い軽トラックは龍太たちとすれ違い、御手洗家の敷地に入っていった。
「今の人、泰史のおじいちゃんだよな?」吾郎が言う。
 龍太もはっきりとは顔を覚えていないのだが、泰史のおじいちゃんは地元では力のある人らしく、小学校の行事にも出てきたりしていた。先ほどのトラックを運転していた人物には、なんとなく見覚えがあった。本家で葬式が、なんて想像していた自分が恥ずかしい。しかし少なくともその線は消え、泰史とそのお母さんだけが今この町にはいないということは確かなようだった。

 特に目的地を決めずに二人でペダルを漕いだ。やっぱり吾郎の自転車は性能が良い。油断するとすぐに遅れてしまう。変速のギアを上げるが、それでも並走し続けるのは難しかった。「なあ、吾郎。ちょっと休みたいんだけど……」
 その先には土手があり、川がある。その土手を越えると河川敷のグラウンドが見えてくる。
「わかった。じゃあ土手を上がったら休もうか」
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