第73話

文字数 1,199文字

 テストが始まった。算数の計算問題は、速く正確に片づける。以前はその辺に書き散らし、計算の跡を消していた。今では最初からきれいに書く。短い文章題は計算問題と同等だ。時々図を描いたり、ちょっと止まったりはするが、順調だ。応用問題は二題。とりあえず二題とも括弧一に手を付ける。これはお父さんに教わった方法。括弧二から先は、やり易そうな方から。今日は後ろの図形問題から攻める。(ひらめ)いた補助線で簡単に括弧二を終えた。が、次が難しい。周りの鉛筆の音も、だんだんと消えていった。
 集中力が切れ、山田さんの言葉を思い出してしまった。塾に来るかもしれない? でも、今日は野球を観に行っている? 問題に戻れない。解いた問題が全部正解なら、きっとクラス落ちはない。そう思ったら、山田さんや泰史のことがとめどなく押し寄せて来た。昭や孝弘がどんな手を使ってくるのかも気になって仕方がない。テスト中にこれはダメだと一つ前の問題に戻って、括弧二の問題文を読む。速さの応用問題。出来そうだが、どうもうまくいかない。悩んでは諦め、またクラスのことを考える。隣の列にいる学級委員の杉田吾郎は、ゆっくりと鉛筆を動かし続けているようだ。多分まだ基本問題だろうが、龍太は一層焦って来た。そして、算数のテストは終了した。
 国語と理科、社会はいつも通りの出来だと思うが、算数はまずい。テスト後の解説授業を聴き、落ち込む。なんでこんなんが出来んかったとやあ……。

 しょんぼりしながら吾郎と帰路につく。吾郎はいつもより良いかもしれないと嬉しそうだ。四教科の合計点はやはり龍太が上のようだが、算数は五点ほど負けている可能性がある。そんな龍太に、吾郎が追い打ちをかけてくる。

「今日は真由美が野球の監督にお願いするっていってたな、そういえば」
 マネージャーの件だと龍太には察しがついたが、山田さんと話をしたことは知られたくないので、とぼけておいた。
「何のこと? 泰史の復帰じゃないよな、鈴原さんだし」
「龍太、聞いてないのか? あいつら、マネージャーやりたいらしい」
「あいつ、ら?」
 わざとらしい気がしたが、聞いておく。
「そこだよな。井崎と中屋鋪、そして山田。いいのか、お前?」
 吾郎の情報収集力は本当に凄い。直接山田さんに聞いた龍太だが、井崎さんと中屋鋪さんが入っていることは知らなかった。四人のマネージャーなど、絶対に不要だ。
「マネージャーって、何すんだろうな?」
 龍太が話を逸らしてみた。吾郎が叫ぶ。

「これ、あれだ。チアガール! 井崎は似合わないけど。ふふっ」
 絶対に直接言えないが、龍太も思わず笑ってしまった。でも確かに、他の三人に応援されたら、誰でも頑張れてしまうだろう。そして甲子園のスタンドにいるような格好の山田さんを思い浮かべ、赤面した。

「お前、すぐ顔に出るな。気を付けた方がいいぞ」吾郎はそう言い残し、住宅街の十字路を左に曲がって行った。
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