第43話

文字数 1,121文字

 翌朝、教室に入ると手招きしている孝弘が目に入った。ちょっと間をおいてから気が付いたふりをして、窓際に向かった。
「おはよ。龍太さ、泰史のこと何もしないのか?」
 いきなりの質問だが、これは想定内だ。
「うん、オレ、泰史と同じ班だし、無視とか攻撃とか、できないよ」
 しないよ、と言わなかったことを少し後悔しつつも、むしろうまく言えたぞ、という安心感もある。そう、攻撃なんてできない状況に、自分はあるのだ。

「まあ、そうかもしれないけど、泰史をのさばらせておく訳にはいかないからな」
 昭も口を(はさ)んできた。直接この二人から、何が理由でそんなことを始めたのか聞いていないし、用具入れの一件以来、誘われたという認識もない。ただこの場所でもたもたしていると山田さんや鈴原さんが来てしまう。でも、曖昧に誤魔化すのもかえって良くない、と思った。
「でもオレは、泰史をいじめる気にはなれない」
 静かにそう言って、自分の席へと向かった。ちょうど山田さんが入ってきた。昨日のように何事もなく「おはよう」とあいさつを交わした。振り返らなかったが、昭と孝弘は何かコソコソと話をしているようだった。

 結局昨晩は手紙の返事を書けなかった。山田さんは、それに触れないようにしているのだと思うが、もしかすると怒っているのかもしれない、と不安になる。授業中もつい山田さんの方を見ようとしてしまうが、あそこには孝弘がいる。我慢するのも大変だった。
 そんな気苦労も知らずに泰史は過ごしている。中休み、龍太は筆箱で頭を叩かれた。怒ってみたが、昨日のことを確かめるチャンスでもあった。

(いて)えな、泰史! ところでさ、昨日、商店街にいた?」
「えーっ、お前、見たのかよ!」
「何してたんだ?」
「うーん、六年生の里田くんと一緒にな……」
「一緒に?」
「駄菓子屋でいろいろ見てただけだよ」
「ふーん。野球行ったの?」
「それで遅れたからな。里田くんにサボれ、って言われてさ」
「えっ? サボったの?」
「まあ、ね。ああ、龍太は塾か。ガリ勉だなあ!」

 六年生を君付けで呼ぶことができる五年生は、泰史だけかもしれない。三年生くらいまでは、上級生相手でも君付けだったと思うのだが、今では出来ない雰囲気になっている。だから里田さん、もしくは里田先輩。ただ、「先輩」は中学に行ってから使うもの、というルールが何となく存在した。その里田さんのことを吾郎に聞いてみないといけないな、と思った。そしてふと気付いた。「さん」って、同級生の女子にも付けるけど、この分類はなんだ? 塾の先生か両親のどちらかに聞いてみたいと思った。担任は、多分答えられないだろう。

 そして、昭と鈴原さんからの視線に気が付いてしまった。やばいかな、これ……?
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