第66話

文字数 1,114文字

 夜八時半。ようやく塾の授業が終わった。吾郎と松野さんがじゃれ合いながら教室を出た。吾郎の奴は学校よりも、塾での態度の方が積極的だ。大沢さんにチクりたい気持ちになるが、龍太は大沢さんの連絡先を知らなかった。ビルを出てすぐのところで、松野さんは車に向かって手を振った。迎えの車だろう。吾郎が龍太の隣になるように一歩下がってきた。こいつ、親に見られないようにしているのか。いつか大沢さんに連絡してやろう、と誓いつつ、吾郎と二人で話す機会がやっと巡ってきたことに安堵した。

「俺、今日図書室で山田さんと話したよ」
「おおっ、そうか、そうか。それで、何かあったか?」
「うん、山田さんは、一年生の頃から泰史の家に遊びに行っていた」
「それは、俺も知ってるよ。あっ、お前、自分のことしか考えてないのかよ!?」
「えっ、いや、うん、それで泰史、やっぱり家で元気にしているみたいで」
 吾郎は特に驚きもしていないようだった。少し間をおいて吾郎が続ける。
「それで泰史は、野球もサボってる、と見なされる訳だ」
 そこは流石、吾郎。日中、昭と孝弘から言われたことを伝えてみた。「なるほど、それはもう、あいつらの思うツボってやつだろうね。これで追い出し確定か……」

 昭と孝弘が泰史を野球チームから追い出そうとしていたのは、きっと確かだろう。全て計画的、ということではないのだろうが、その点は出来上がってしまったのか。何だか怖くなってきた。そして山田さんに、練習の見学に行っていた理由を聞けなかったことを今更ながらに悔やんだ。

「ところで、龍太? 例の手紙って、やっぱ山田のこと言ってた?」
「えっ、なんで……」
「いやお前、山田が昔から泰史の家に遊びに行こうがどうだろが、普通は関係ないだろ?」
「えっ、あっ、いや……。そんなの、違うよ」
「まあ、いいや。俺の調べでは、山田は人気があるぞ。少なくとも孝弘、洋一郎、それから雄輔」
「雄輔? 雄輔って……、一組の竹野?」
「やっぱ関心を持つよな! まあ、俺に隠さなくてもいいだろ?」
 これは()められたのだろうか。でも偽情報ではなさそうだ。それに吾郎と塾で情報交換できるのは自分だけなので、もしかすると有利な展開に持って行ける、かもしれない。

 商店街を過ぎ去り、住宅街の中に入った。横断歩道のある十字路に差し掛かる。吾郎は左、龍太は右に帰るのだ。じゃあ、と言って別れようとした時、正面から自転車の灯りが結構なスピードで迫ってきた。三台だ。地元の中学生のようで、二人は絡まれないように角のブロックに寄った。大きな声で喋りながら、彼らは通り過ぎた。視界には入らなかったようで安心したが、何か違和感があった。
「今さ、泰史、いなかったか?」
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