第114話

文字数 1,152文字

 夕飯はハンバーグだった。小ぶりでいびつだが、家で手作りされたものだとわかる形だ。その隣に小さく載っているニンジンとジャガイモが目に留まる。さっき俊太が手伝っていたのはこれらの皮剥きなどだったのだろう。そう気が付いたので、母の顔を見てから俊太に声をかけた。
「俊太、このニンジン、俊太が手伝ったのか?」
「そうだよ! 兄ちゃんのはでっかいのにしてるから」
 確かに俊太の皿に載っているニンジンよりも、自分の目の前にあるそれの方が大きい。
「そうかあ。俊太、すごいなあ。有り難うな」
 そう言ってニンジンをフォークに刺し、ハンバーグにかかっているソースに滑らせた。そしてそれを、口に運んた。ソースの旨味とニンジンの甘みがよく馴染んでいる。そしてほどよい軟らかさだ。
「俊太、おいしいよ。さすがだな」
 俊太の目はますます輝き、「そうよね。うまかとね」と言って俊太もニンジンを頬張った。その隣でお母さんも微笑んでいることに気が付いた龍太は、母にも声をかけた。
「お母さん、俊太もすごかね。お父さんも喜ぶとやろな」
「そうね。俊太も頑張ったし、それを褒めてあげる龍太のこともお父さんに言っとくよ」
 そう言われ、龍太は少し恥ずかさを覚えた。
「あ、うん……わかった。そうだね」
 一瞬の間を開けて、龍太はハンバーグをフォークの側面で切り、一回白米の上に載せてからその一片を口に入れた。肉も少し不揃いでごつごつしているが、慣れ親しんだ母の味だった。
「やっぱりお母さんのハンバーグ、おいしか」
 黒木家でも「おべんとさん」という名の、時々温めるだけのハンバーグを食べる機会が増えていた。龍太は、あれもまずくはないと思っている。でもやっぱりこっちの方が数倍好きだ。
「僕、あの『おべんとさん』のハンバーグ、好きじゃない」
 そう言ってしまってから、気が付いた。お母さんもあれを食べさせたくて使っている訳ではないのかもしれない、と。これが「後の祭り」という状況だな、と冷静な自分もいることに驚きながら、母の顔を伺った。嬉しい中にも少し寂しい表情が隠れている。そんな風に見えてしまう。
 それでも普段のように学校での出来事やテレビ、読んだ本のことなどを喋りながら食事を済ませた。ご馳走様を言って皿や茶碗を流しに運んだ。休みの前日でもあるしテレビでも観たいな、という気持ちもあったが、ここは部屋で勉強した方が良さそうだ。「ちょっと宿題頑張っと」そう言って二階に上がることにした。

 部屋に入って机に向かう。算数のテキストを開きながら、今日の山田さんとの会話を振り返る。あれも自分のちょっとした一言、「うちじゃなくても」が山田さんの機嫌を損ねたようだった。考えながらしゃべっているつもりでも、相手に違う印象を持たせてしまう。会話の難しさを思い知った気がした。
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