第56話

文字数 1,197文字

 月曜日は午後三時ころまでのんびりと過ごした。俊太の帰宅を待ち、塾へと向かった。この前泰史を見かけた駄菓子屋の方向に目を向けるが、今日は誰もいないようだった。
 
「やっぱ優勝は気分がいいな!」
 塾には四組の松野さんがいる。同じ小学校だが、ほとんど喋ったことがない。多分、吾郎もそうだろう。なのに、わざと松野さんに聞こえるように言った気がして、嫌な感じだ。しかし松野さんも龍太や吾郎の存在を意識していたものと見え、この挑発に乗ってきた。
「何よ。赤組も勝てそうだったんだからね」
 言葉とは裏腹に、笑顔を作ってこちらに近付いてきた。初めて正面から見る松野さん。性格はきつそうだが、整った顔立ち、と言うのだろうか。
「御手洗君がいるクラスが勝つのは、まあ、しょうがない」
 松野さんは二学期から塾に入った子で、女子の話し相手がいないのか、特に周りを気にせず龍太たちの中に入ってきた。話しかけた男子二人がむしろ少しためらうが、塾ではからかいの対象にはならない。御手洗泰史のクラスがリレーの勝者。四組までその名を(とどろ)かせていたとは。三年生から同じクラスだった龍太はこれまで特に意識していなかったことを少し恥じた。そして泰史に申し訳ないな、と感じた。明日、昭や孝弘に龍太も何かされてしまうかもしれないが、泰史のことはやはり守りたい、と思った。

「その御手洗君、塾の行きも帰りも、たまに見かけるよね? 知ってる?」
 松野さんの言葉を聞き、龍太と吾郎は目を合わせた。ちょうどベルが鳴り、理科の授業が始まる。泰史、街で何してるんだ? 野球はどうした? 龍太は、そしておそらく吾郎も、水溶液の性質よりも泰史のことが気になっていた。

 授業後、松野さんを捕まえた。でもやはり女の子だ。お母さんが車で迎えに来ている。話もろくにできず帰ってしまった。吾郎と街灯の下を歩きながら考えた。泰史が野球の練習をサボっているのは、昭たちの嘘ではなかった。しかも、松野さんは塾の帰りにも見かけたと言った。つまり夜八時頃まで街にいる、ということだ。里田さんが一緒なのかもしれない。そういえば、里田さんのお兄さんって、地元の中学で恐れられているんじゃなかったかな? と龍太は思い出し、吾郎に尋ねた。
 やはり野球チーム出身の吾郎は知っていた。吾郎が三年生の時、里田さんのお兄さんは六年生だった。野球はまあ上手いが、とにかく荒っぽい先輩だったと記憶している。シニアリーグには入れなかったが、中学で野球を続けているはず。でも、あの中学校は不良が多い。運動部は特にそういう人が集まっているらしい。龍太が受験をしようと思った理由の一つはそれだった。もしかすると、泰史は里田さん兄弟と関係しているのかもしれない。そう思い、泰史に近付いていいのかどうか、分からなくなってきた。泰史が不良になり、その味方をする俺も不良の仲間に? そして、山田さんはそれを知っとっと?
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