第95話

文字数 1,025文字

 昼休みの図書室は久しぶりだった。昨晩塾の理科の時間に、太陽系の話を聞いたので関係ある本を読んでみたくなったのだ。雨も降っていたためグラウンドには出ず、龍太は一人でやってきた。今日の当番は五年一組なので、山田さんはカウンターにいない。図鑑よりも詳しそうな本は数冊しかない。つまらないな、と思って結局「シャイロック・ハウジーズ」シリーズのコーナーに来てしまった。短編を集めた『シャイロック・ハウジーズの探検』は何度か読んでいて話も覚えているものが多いが、またパラパラとめくってしまう。「抜け毛組合」「赤い蒼球」「まだらの芋」の三作は特にお気に入りで、今回も読み入ってしまった。
 いつの間にか隣に人が立っていた。邪魔になったかと思って、本を持って後ろに下がった。そしてその人が山田さんであると気付いた。
「や、山田さん。いつからここに?」
「ちょっと前。ふふふ」そういってニコッと微笑む山田さん。可愛いのでドキドキしてしまう。
「私もこのシリーズ、読んでみようかな」そう言って『シャイロック・ハウジーズの捜査録』を取り出す山田さん。龍太は自分が手にしていた『探検』を差し出し、まずはこっちがいいよ、と勧めた。
「ねえ、黒木君」
 目次を眺めていた山田さんが、龍太に話しかける。
「泰史くんのお母さんと、うちと、悠子のお母さん、しょっちゅう井戸端会議してるから」
 龍太は山田さんを見つめ直す。
「だから泰史くんちでキャッチボールしたことも、モンブラン食べたことも、私知ってる」
「うん」
「私、嬉しかった。一緒に泰史くんちに行ったあとも黒木君が気にかけていて、杉田君も誘ってくれて」
 泰史が野球に戻るきっかけを作れるとしたら、杉田吾郎が一番。山田さんもそう思っていたようだ。
「だから、つい喋っちゃった。真由美に。そしたら何か……。何でだろう? 真由美、すぐに酒井くんと梓ちゃん、あと松本君の四人で話合いを始めて……」
「梓?」流れからすると、多分中屋舗さんのことだろうが、一応確認する。
「あ、中屋舗さんね。多分それで、黒木君もあの子たちに何かされたりしないかな、って心配で」
「今は、何もないよ」昨日の朝、松本孝弘に言い訳めいた話をされたことは黙っておこう。
「ごめんなさい。何かあったら、私のせい……」
 そこまで言って山田さんは踵を返し、カウンターへ向かった。手には『シャイロック・ハウジーズの探検』を持っている。龍太は山田さんの揺れる髪を眺めながら、状況を整理しようと試みた。
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