第119話

文字数 1,151文字

 吾郎とのサイクリングは、開放的な気持ちで楽しめた。川を上るように進み、高速道路の橋があるところで折り返した。復路は向こう岸を使った。街に戻った頃、道の先に河川敷のグラウンドから人が土手に上って来るのが見えた。
「ちょうど試合終わったのかな」龍太が言う。
「それっぽいな。あいつらに会ってしまうな」吾郎が答える。
 だからといって避ける理由もない。二人はスピードを変えることなく土手の道を漕いだ。しかしグラウンドからの坂道に差し掛かかるところでは速度を緩めざるを得ない。その時、大きな荷物を抱えた孝弘が姿を現した。
「おおい。吾郎と龍太じゃんか。どこ行ってたんだ?」
 プラスチックのケースを持ったまま、孝弘が声をかけて来た。
「ちょっと二人でサイクリング。気持ちいいぞ。孝弘は試合だったんろ?」
 そう言って吾郎は自転車を止めた。一緒に龍太も自転車から降りた。両手でハンドルを握ったまま孝弘と向かい合う。
 立ち止まる孝弘の後ろを、他のチームメンバーが通り過ぎていく。三人をちらりと見ていくが、誰も立ち止まらない。
「まあな。今日も俺のヒットがきっかけで先取点だ」
 誇らしげに言う孝弘。その時バットケースを何本も担いでいる昭がやってきた。
「あれっ? お前ら。見に来てたんじゃないよな。まあでも、今日もうちは勝ったぞ。世田谷の強い相手だったけどな」
「そりゃあすげえ。やるな、お前ら」昔チームメンバーだった吾郎が声を上げた。
「あそこは中学で硬式に行くやつが多いチームだろ? そこに勝てるってことは、昭も吾郎も、そういうところに目を付けられるってことだろ?」
「そうだと嬉しい」昭が即答する。
「でも、その前にうちの監督に目を付けられるぞ、ここでダベッていたら……」と吾郎が言ったタイミングで、大人たちが姿を見せた。
「あっ、やべっ」
「じゃあまた」
 そう言って二人が駆け足で他のメンバーを追いかけていった。

 その先にある橋を渡って、サイクリングの起点になった斜面に戻った。自転車を止め、二人で寝そべった。
「あれだな、マネージャーたちの姿が見えなかった」
「ぷっ。吾郎、お前こそ、そこかよ」
「当然だろう。まあ俺は真由美や中屋舗には全く興味はないが」
「じゃあなんでそうなる?」
「やっぱあれかな、女の子が好きなんかな、龍太の言う通りで」
「認めるのか?」
「ははは」
「笑ってごまかすか。大島さんが悲しむぞ」吾郎は転校してしまった大島さんと手紙のやり取りを続けていたはずだ。
「そんなもん、バレないよ。それにこれは浮気じゃないだろ」
「まあね」
「それより黒木龍太君。君はサイクリングに行く前から大事なことを胡麻化そうとしている」
「……」
「ほら。例の山田嬢だ。彼女はマネージャーに参加していないし、かといって井崎のように他のことをしている訳でもない」
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