第103話

文字数 1,139文字

 どうしたら良いかなんて、三人には分からない。でも、泰史が部屋に籠っている状態のままで、バイバイも言わずに帰るのは当然良い話ではない。泰史のお母さんはケーキを出してくれたあと、出かけてしまった。なので頼れる大人もいない。
「とりあえずさ、泰史の部屋に行ってみようぜ」
 龍太が言うと、吾郎が続けた。
「そうだよな。部屋に入れてくれるか分からないけど、直接話すしかない」

 三人でゆっくり二階に上がり、泰史の部屋の扉をノックする。
「泰史、いいか?」吾郎が尋ねると部屋の中から足音が聞こえ、扉が開いた。
「なんだよ。まだいたのか。何の用だ?」
 扉の隙間からファミゲーのコントローラーが見える。
「泰史、急に出て行ったから、気になって」打ち合わせなしでも言葉が出てくる吾郎。
「あん? ああ、『スーパーマキノ』の攻略法を思いついたからさ」
 泰史の言葉を聞いた龍太は思った。学校に誘ったところで機嫌を損ねたはずだった。泰史は思い付きで行動する。あるいはそれを我慢しない性格だが、この発言はさすがにウソだろう。
「『スーパーマキノ』、いいなあ。やらせてよ」
 洋一郎が呑気に言った。洋一郎は龍太と同じく、ファミゲーは持っていない。
「洋一郎、七面まで行ったことあるか? 俺今、そこだ」
 そう言って泰史は三人を部屋に入れてくれた。洋一郎の呑気さが、泰史の心を開かせたのだろうか。龍太は言葉を発することが出来ない。自分が話をすることで、この雰囲気をまた壊してしまうかもしれない。そう思っていた。
 『スーパーマキノ』のスタート画面が映し出されたテレビが真っ先に龍太の目に入る。テレビを載せた棚の下には、ロボットアニメ『グンダム』のプラモデルが立っている。学校には来ず、こういう暮らしをしている泰史が少し羨ましい。そのことも洋一郎は不自然さを感じさせずに突っ込む。吾郎は策士のように計算して発言するが、洋一郎のこうした天然な言動もすごいなと感心する。
 そうやって数分が過ぎた頃、不意に泰史自身が呟いた。
「席替えな、行ってみたいんだけどさ」
 吾郎も洋一郎も、話を止めて耳を傾ける。
「学校行くとな、誰も俺の周りにいないような感じがするからな」

 数秒の沈黙が泰史の部屋を支配した。今日ここに来ている三人は、泰史の味方であるという自負があった。当然泰史が学校に来ているときは話をし、一緒に遊んでいたと思って来た。だが泰史からすると、龍太たち三人は泰史の周りにいてくれていない人物として認識されている。三人には堪える発言だった。ましてや泰史の前の席に座り、同じ班である龍太には衝撃だった。昭と孝弘から、泰史が攻撃されるようになってから約二か月。ずっと泰史のことを思ってきたつもりだ。だがそれは、本人には届いていなかったようだ。
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