第26話

文字数 1,122文字

 泰史は相変わらず声が大きい。その声でチームメイトの昭や孝弘に絡んだり、部下のようだった岡本や高橋を馬鹿にしたり、ということを一学期は繰り返していた。ただ七月から孝弘とは少し疎遠になっていたが。なので当然あの高く響く声が、こちらに近付いてくるものと思っていた。しかし泰史、そして洋一郎はこちらに寄って来ず、宿題していない自慢をお互いに言い合っている。岡本たちが彼らに近付く気配もない。何か変だと感じたが、担任教師が入ってきたので一学期と同じ席に着いた。
 新学期の始まりは、校庭での始業式だ。しかし大正時代に大震災が起きた日である二学期の初日は、避難訓練からスタートするのが定番だった。訓練として校庭に出て、整列する。宮崎にはなかった行事だ。椅子に敷くはずの防災頭巾は、新学期なので家から持参している。どうせ訓練で被るし、席替えもあるので誰も椅子にゴム紐をかけたりはしていない。
 担任のいつも通りの挨拶が済み、見事なタイミングでサイレンが鳴った。続いて毎年同じ声で「訓練、訓練、只今地震が発生しました」と放送が流れる。五年生ともなると緊張感はほとんどなく、おしゃべりしながら席を立ち、防災頭巾を被る。これも毎年だが、数人は持ってくるのを忘れている。今年は、いや今年も泰史は忘れているようだ。あとは赤木。赤木も時々抜けている奴。女子は誰も忘れていない。

 こんなにダラダラ、のんびりと非常階段を下りていくのでは全く訓練にならないよなあ、と龍太は思いながら、決まり通りハンカチを口に当てるふりをする。そして心持ち背中を折った。火災発生に備えた煙対策なのだが、龍太の他にハンカチを取り出している男子は三人程度。口元に当てている者は、龍太も含め皆無。これについては女子も同様、と思っていたが山田さんは違っていた。正確には山田さんとその周辺の数人。しかもきちんとしゃがむ姿勢をとっている。龍太にはしかし、山田さんだけが真面目な人として映った。その少し後ろにいた鈴原さんはもちろん、ハンカチを手にしながら仲良しとおしゃべりしていた。

 この日は消防署の方が何人か学校に来ていて、訓練の様子を講評した。あんなにいい加減な訓練なのに、皆さん真面目にやられている、と褒められる。大人は嘘つきなんだな、と確認した。消火の実演があったので、校長先生の話が短くなったのはよかった。

 教室に戻る時は、防災頭巾を手に持って、一層ダラダラと屋内の階段を登る。吾郎と喋りながら、泰史のことを目と耳で探した。やはり昭と一緒ではなく、洋一郎だけが傍にいる。話している内容が聞こえてしまうが、それもくだらないものだった。洋一郎が山田さんに近付いていないことを確認して、龍太も教室に戻った。
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