第100話

文字数 1,067文字

 井崎さんが話しにくそうにしているのは、やはり鈴原さんに聞こえてしまうことを心配しているからだろう。昨日何かあったんだろうな、ということは簡単に分かる。が、具体的にどんなことがあったのかは想像できない。話を切り出すきっかけがないまま放課後を迎え、龍太は家へと急いだ。今日は塾の曜日だ。図書室には山田さんがいるはずだが、昨日借りた学習漫画『宇宙の内緒ばなし』とシャイロックシリーズと並んで龍太が好んでいる外国人作家の『八週間世界一周』をまだ読んでいないので行きにくい。山田さんは『シャイロック・ハウジーズの冒険』を楽しんでくれているだろうか。気にはなるが、やっぱり立ち寄らずに帰ろうと思った。

 校舎から校門までは龍太の足で一分ほど。実際は多くの子がしゃべったりふざけたりしながら歩くので、二三分は掛けて通る。校門の手前には昔の卒業生が記念に植えた木が何本かあって、そのそばには三つの大きなタイヤが半分、土から顔を出している。そのタイヤの一つに鈴原さんが座っていた。根元にいるのは中屋舗さんと佐藤さんだ。放課後の彼女たちは、教室でダラダラ過ごしていることが多いのだが、今日はどうしたんだろう。特に話すことはないし、むしろ直接話したくないような気分だが、クラスメイトとして挨拶くらいはしようと思った。
「鈴原さん、バイバイ」軽く右手を挙げて声をかけた。
「あ、黒木君。ばいばーい」笑顔で手を振る鈴原さん。他の子たちもそれに合わせて声を出す。多くの女子に見送られている状況になって恥ずかしくなった。声の数が合わない気がしたが、小島さんと土井さんがタイヤの反対側に寄りかかっていたようだ。この二人は華やかな鈴原さんグループと一緒にいることは少ないはずだった。一方で、いつもならそこにいるはずの井崎さんがいない。どうしたんだろうな、と思いながらも少し緩んだ表情で校門を出たことを龍太は自覚せざるを得なかった。

 塾では考えていた通り、吾郎に席替えの話題を振ってみた。吾郎は今思い出した、とでも言うように手をたたいて言った。
「そうだよな、来週席替えだ! 俺、今の席なんだか居心地悪くて」
 吾郎は教室のほぼ中央に位置する席で、隣は長坂さん。どちらかと言えば冴えないグループに属していて、少なくとも勉強面では全く相手にならない。確かに吾郎はつまらなかっただろう。でもここで同意するところを、同じ小学校の松野さんに聞かれるとまずい気がしたので、龍太はあいまいに笑って話を展開する。
「うん、それでな、泰史に、席替えの時に学校来いよ、って土曜日に言わなきゃだよな」
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