第82話

文字数 1,101文字

「篠山さんの意見は分かりました。御手洗君の件ももちろんですが、他にも何かあるようなら、みんなで話し合うのは良い考えですね」
 やっぱりそう来たか。龍太はうつむいてしまった。泰史のことだけを議題にはしない。こうやってクラスの問題を一度に話しあえば、全て解決できると本気で思っているのだろうか。それとも一人のことだけに注目すると、贔屓(ひいき)しているなどと文句が出るのを恐れているのだろうか。この先生の狙いはどうもズレている気がする。また、いろいろないじめを出しあった場合、いじめっ子としての泰史についても話し合うことになるだろう。それはおそらく、目の前の問題解決を遠ざける。
 そう思っていると、鈴原さんが手を挙げた。先生はすぐに発言を許可した。

「泰史くんはいじめられているのではなくて、いじめている方だと思います」
 鈴原さんはあくまで泰史を叩くつもりのようだ。林間学校の夜、はっきり言わなかったが、泰史の好きな人は明らかに鈴原さんだった。その鈴原さんに、こんな場面でも攻撃されてしまうのか。「真由美はヤバい」と言っていた吾郎の言葉が(よみがえ)る。
「松本君は、一学期に泰史くんから無視されていました。ねえ? 松本君?」
 後ろの席にいる孝弘はきっと目を泳がせている。すぐに言葉が出て来ない。
「えっと、そういうこともあったような、記憶はありますが……」

 いつもの快活な調子は全く見られず、まさに蚊の鳴くような声で孝弘が答えた。昭は何も言わないし、鈴原さんも昭には話を振らないようだ。となると次は、吾郎か龍太に矢が向けられるかもしれない。篠山さんはあの頃孝弘が無視されていたことに気付いていなかったのか、主導権を奪い返せないでいる。

「先生、いいですか」
 龍太は思い切って挙手した。鈴原さんがこちらを睨んでいるような気がする。山田さんは、こっちを見てくれているだろうか。
「御手洗君に無視されたり、叩かれたりしたことは、僕もあります。それももちろん問題ですが、今いじめられているのは誰か、っていうことが一番最初に来ないといけないと思います」席が離れている山田さんの視線は感じられない。が、隣の井崎さんが小さく手をたたいているのが分かった。

「こういうのって、チクったとか裏切ったとかみたいになって、みんなの前では言えないことがほとんどだと思います。でも、こうなったら、正直に誰かが言うしかないと思います」
 昭、孝弘。お前たち、ここで正直に名乗り出ろ。そう念じたが、左斜め後ろの椅子は微動だにしない。先生が何か言いだしてしまうと、それが決定事項になってしまいそうなので焦る。テレビの上にかけられた針時計の秒針は、ゆっくりと時を刻んでいる。
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