第80話

文字数 1,110文字

 四時間目になり、担任の先生が教室に入って来た。泰史の件には一切触れず、簡単に遅れた詫びを言っただけで社会の教科書を開くよう指示してきた。中四国地方の特産物などはどうでも良いので、泰史のことが知りたかった。
 全くの期待外れのままだった四時間目が終わると、担任はまた姿を消した。彼女がクラスで給食を摂らないのは、四月以降初めての事だろう。今度は音楽の先生が教室に入って来た。どこかの班に混ざることはせず、教師用の机で食べていた。音楽の先生が来たことで、給食中に噂話が飛び交うことはなかった。その分それぞれが頭の中で、泰史の万引き事件に関するストーリーを一人で組み立ててしまったかもしれない。

 昼休みに入り、音楽専任教師は教室を去った。一方で五年二組の児童たちの多くは教室に留まった。そこはそれぞれの憶測が披露される場となった。その時龍太は、吾郎と話をしていた。
「吾郎、昨日の話なんだけど」
「なんだ、この状況で? 龍太はどうする? 昭たちに泰史をいじめるな、って言うタイミングなんだろうか、今は」吾郎も話に乗って来た。龍太は昭と鈴原さんとが大げさな身振りで話し合っているのを確認し、小声で答えた。
「おい、あいつらには聞かれないように……。でもさ、やっぱりいくらなんでも泰史が一人で万引きなんておかしいよ。それもデッカイワンガムなんて。あんなしょぼいプラモデルなんか、泰史が万引きしてまで欲しいと思うんだろうか」
 泰史はカッコいいプラモデルであっても、万引きなどする必要がないはずの子だ。欲しければ買ってもらえる。そうするとやはり、里田さんたちの影が付きまとう。その話を昭にして振ってみるのはむしろ、今がいい機会だとも思えた。

「なあ、昭? 泰史のことだけど……」遠慮がちに龍太が話に割り込んでいく。
「なんだ、龍太? お前、何か知っているのか?」昭からの質問で、彼らの輪に龍太たちが加わることになった。
「いや、泰史はさ、最近中学生とよく一緒にいるみたいだったからさ」
 龍太が続けると、孝弘がバトンを受け取った。
「え、それって里田さんの、あのお兄さんの……」
「孝弘も、やっぱり知っていたのか?」
「いや、おじさんがちょっと言ってたから」
 孝弘の伯父さんというのは、地域の少年野球チームの監督をしている。チームの卒業生である里田兄のことは、把握しているのだろう。卒業後シニアチームに入れず、素行の悪い里田兄。その要注意人物の弟も、シニアには呼ばれなかった。そして五年生で早々に追い出されそうな泰史。彼らがつながり群がるのは、むしろ必然なのだと思った。同時に、実は昭たちは敵ではなく、泰史を救うための仲間なのではないか、とも感じ始めた。
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