第110話

文字数 1,091文字

 塾も生き物係の当番もない日だったので、山田さんたちと泰史の家にプリントを届けることができそうだ。ソワソワしながら帰りの会を終え、山田さんが担任の先生から配布物を受け取っている姿を確認した。井崎さんが山田さんの後ろに控えていた。井崎さんが一緒の方が心強い。そう思って山田さんに話しかけた。
「山田さん、今日、俺も泰史の家に行こうかな」
「ああ、黒木君。そうね……」
 山田さんはそう言ってうつむいてしまった。横で井崎さんが変な表情を作っている。会話が進まないまま三人で校門を出た。校門そばのタイヤでは、下級生が遊んでいる。
「ええっと、私、急いで、いいかな?」
 学校からの下り坂で井崎さんが言う。
「ミニバス、だもんね……」
 山田さんが小さな声で答えた。ああ、そうだ。井崎さんは隣町の小学校までバスケットボールの練習に行くのだ。だから早く家に帰りたいのだ。山田さんの家と井崎さんの家は同じアパートだが、一緒にゆっくりと帰るのは時間的に厳しいのかもしれない。
「じゃあ、よろしくね」と龍太に目配せをして井崎さんは早歩きで坂を下りて行った。今日は野球の練習日だから、井崎さんはあの似非マネージャーを確実に辞めることができたのだろう。
 それはともかく、泰史の家まで約十分。会話を持たせないといけない。それに女の子と二人だけで歩いている現場を、誰かに見られてしまうのは問題かもしれない。そう思うと余計に緊張してしまう。そうだ、昼に塾の話をしたんだった。龍太は思い出し、その話題を出してみることにした。
「山田さん。塾の話だけど、どうするの?」
 山田さんは龍太の顔を見ずに答える。
「うん、なんか、黒木君と同じところは、私にはちょっと難しいのかな、って」
 昼にその点は問題ないと伝えたつもりだった龍太は、その反応に驚いた。
「え、いや、大丈夫だよ。知ってるよね? 杉田も一緒だよ」
 まだ泰史が学校に来ていた一学期、杉田吾郎が塾に行き始めたと知った泰史たちは当の吾郎を馬鹿にするような態度をとっていた。
「それは杉田君がもともと頭よくて、頑張り屋さんだからでしょ? 私は……」
 山田さんは植物や動物に詳しいし、宿題もきっちりやってくる。その割には成績がいまいち振るわないのは確かだ。だけど、吾郎よりも伸びしろが多いはずだと龍太は思っている。
「そんなことないでしょ? できるよ、山田さん、真面目だし」
「うーん、それって、鈍くさいってことじゃん?」
 山田さんの意外な言葉に耳を疑う。山田さん、自分自身を鈍くさいって思っている?
「それに、黒木君もさっき言ってたよね」
「えっ?」
「黒木君の行ってる塾じゃなくてもいい、って」
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