第79話

文字数 1,199文字

 次の日、朝の会には教頭先生がやってきた。急な用事ができて担任は午前中、学校に来られないという。教頭先生は今年度から赴任してきたので、あまり馴染みはない。それもあって今日の五年二組は静かだった。吾郎に目で合図を送るが、反応は鈍い。

 二時間目の国語が終わり、「それってやばいよね」と声が聞こえて来た。鈴原さんだ。そちらの方向に龍太が目をやると、山田さんも井崎さんも輪に加わっている。ヒソヒソ話のつもりらしいが、鈴原さんと中屋鋪さんの声が大きい。おそらく担任の先生が午前中に来られなかった理由を噂しているのだろう。その輪に昭と孝弘が加わった。と思ったら、「マジかよ!」と叫んで、二人が龍太のそばへやってきた。
「龍太、お前、聞いてたか?」孝弘が尋ねてくる。両方の手のひらを上に向け、肘を曲げたまま腕と肩をひろげ、分かりません、と表現した。「遊んでる場合じゃねえよ。先生が来ないのは、泰史の件らしいぞ?」何を根拠にそんなことを言いふらすのか分からない。が、火のないところに煙は立たないという。

「どういうことだよ?」
「鈴原たちの話だと」昭が続ける。
「昨日の夜、駅近くの駄菓子屋さんで万引きらしい」
 信じられなかったが、里田さんやあの中学生たちならやらせかねない、とも思った。「誰かと一緒だったのかな?」恐る恐る龍太は尋ねた。
「それは分からないけど、やっぱりあれかもなな……」
 昭も孝弘も、里田さんたちと泰史が近いことは知っているので、今回の件もそれが関係しているとは思っているのかもしれない。この場面で昭たちを責めるのは違うだろうが、泰史をそんなところに追い込んだのはお前たちじゃないか、とも思う。

「六年三組の先生は、来ているらしい」そんな情報を持ち込んできたのは、やはり吾郎だった。六年三組は里田さんのクラスだ。ということは、少なくとも万引きに里田さんは関わっていない、ということだ。
 洋一郎が泣きそうな顔で近付いてきた。「泰史、どうなっちゃうんだろう?」龍太も他の皆もそれが知りたかった。女子の輪から山田さんが抜け出し、龍太と洋一郎に向かって話しかけて来た。「お店の人、警察は呼ばずに学校に連絡してくれたんだって」

 チャイムが鳴っても、噂話の波は止まなかった。教頭先生が教室に入って来たのは、それから五分以上過ぎたところだった。号令のあと、教頭先生が言った。
「ちょっと申し訳ないですが、先生も用事ができました。三時間目は自習にします。四時間目には、担任の先生も戻ってこられます。教科書を読んだり、万一やっていなかった人は宿題をやったり、静かに過ごしてください。以上」

 理由についての説明が全くなかったが、校長と担任だけでなく、教頭もお詫びの場に出るという意味だろう。きっとその場には、泰史とそのお母さんもいるはずだ。二人は一体、どんな顔をしているんだろう。窓際の山田さんにちらりと目をやり、龍太は考えた。
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