第93話

文字数 1,060文字

 翌週の朝、龍太は教室に入ってすぐに話かけられた。孝弘だ。
「おはよう、龍太。ちょっと、いいかな?」二人で廊下に出て、非常口の扉にあるスペースで立ち止まった。みんなが昇ってくる階段からは、あまり目につかないところだ。
「土曜日、泰史とキャッチボール、したのか?」
「うん。あいつ、元気だったよ」平静を装って答えるが、何を聞き出そうとしているのか、と警戒する。そもそもどうやって孝弘の耳に入ったのかも気になる。
「俺も、泰史に会いたい気持ちはあるんだよ」
 それなら暴力をふるったり、ひどいことを言うんじゃねえよ、と思うが、口には出せない。
「でもさ、あの……。昭な。昭はやっぱり泰史のこと、許せないみたいで」
 孝弘はそう言うが、龍太にはその昭も、泰史のことを心配している様子に見えていた。それでもよく考えたら許せない、という意味なのだろうか? 
「で、何? まだ俺らに、泰史をいじめる側に回るよう、言いたい訳?」
 ちょっと怖かったが、ここで言っておかないと何も変わらない気がした。自分はもうそっちにはいかない。吾郎や洋一郎が味方についている。
「いや、そうじゃない。そうじゃなくて……」
 朝の会が始まるといけないので、二人で教室に戻った。それにしても孝弘も歯切れの悪さはなんだろう。何か言いたいことがあるのかもしれない。しかもそれは、昭には知られたくないような、何か。学校にいる間に吾郎たちに相談したいと思った。

 一時間目が終わったところで、隣の井崎さんが小声で話しかけてきた。やはり井崎さんも、土曜日に龍太たちが泰史とキャッチボールをしたことを知っているようだった。
「ねえ、黒木君。私がミニバスの練習に行ってるの、知ってた?」
「え、ああ。バスケットボール、ね」
「ほんと? 怪しいな。まあ、いいや。それでね、私、ちょっと真面目に参加しようかなって」
 面白そうだけど、それを井崎さんがどうして自分に言うのか、正直よく分からないので返答に困っていた。そんな龍太に構わず、井崎さんは話を続ける。
「そうするとね、週に三回は練習なのね。そしたら生き物係がさ」
 なるほど、そこか。龍太は顔をしかめる。俺も塾があるんだけど?
「いいかな? ミニバス、火木土なんだけど。塾、月水金だよね?」
 知ってて聞いているんだろうな、とも思う。龍太が塾の日にも糞掃除をしてくれない井崎さんに協力するのは気が引けるが、こういうときの女子のお願い攻撃は、強い。渋々了承したが、ふと龍太は気がついた。そうか、それで小声なのか。
「井崎さん。そしたら、野球のマネージャーは?」
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