第91話

文字数 1,100文字

 キャッチボールを終え、泰史の家でケーキをいただいた。栗が真ん中に載っているモンブラン。スパゲッティのようにみえる螺旋の巻き巻きも栗で出来ていて、龍太も好物だ。思わずフォークに付着した黄色と白色のクリームを舐めたが、ここは泰史の家であることを思い出し恥ずかしくなった。が、当の泰史がフィルムに残るクリームをフォークで寄せ集めていたので安心する。でもこれは真似しないように、と我慢した。洋一郎も同じように耐えているのか、ストローでコップの中の氷をつついていた。

「うまかったあ」と吾郎が声を出し、再び会話が始まる。「やっぱ駅前のケーキ屋さん、うまいな。俺んち、ケーキもスーパーのやつばっかりだから、こういうのは久しぶりだ」洋一郎が話を受ける。「ケーキ屋って、あの駄菓子屋の近く?」龍太と吾郎が同時に洋一郎を見る。洋一郎は苦い薬でも飲んだような顔をして、口に手を当てた。そして龍太はゆっくりと泰史の方に目を動かした。その駄菓子屋で泰史は万引きを働いたことになっている。

「うちはあそこのケーキって、お母さんが決めているんだ」特に表情を変えずに言う泰史を見て、龍太は疑問を持った。本当は万引きしていないのか、それとも全く反省していないのか。あるいは、もう忘れているのか……。

 泰史の部屋でゲームをしているうちに十七時半を過ぎ、泰史のお母さんが部屋に入って来た。カーテンを閉め、電気を点けた後にそのお母さんが言う。「泰史、今日は出かけないのね」「あっ、そうか。まあ、いいや、今日は楽しめたから」そのやり取りに違和感を覚えつつ、龍太は言葉を選びながら口を開いた。

「あ、もう暗くなってきましたね。そろそろ帰らないといけません。今日は有り難うございました」まだゲームを続けていたそうな吾郎と洋一郎は渋い表情で龍太に従った。そして吾郎が言う。「泰史、今日はありがとな。泰史とキャッチボールするの、久しぶりで良かったよ。来週も、いいか?」「おお、来い来い! 待ってるぞ」やり取りを見守っていた泰史のお母さんも笑顔だ。皆で順々に階段を降りたが、泰史は「アニメを観る」といってリビングに入ってしまい、玄関まで見送りには来なかった。玄関で泰史のお母さんにお礼を言われ、御手洗邸を後にした。

 一分ほど無言で歩いた三人だったが、御手洗家のアパートを過ぎたところで吾郎が静寂を破る。「泰史、やっぱ変だな。おばさんも何かよくわからん」龍太も覚えた違和感。洋一郎も頷いている。「来週の約束をしたはいいけど、学校に来いとか何とか、そういう話しなかったしな」と龍太が呟いた時、河川敷へと続く道から女子の賑やかな声が響いてきた。鈴原さんたちだ。

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