第41話

文字数 1,196文字

 帰りの会が終わるまで、山田さんとは話ができなかった。逆に泰史といる時間は長く、必然的に話をした。クラス全体の中では、泰史の存在が小さくなってしまった。しかし二人で、あるいは洋一郎を加えた三人でいる間は、今まで通りの泰史に思える。洋一郎とは一昨日話をした為か、二人とも泰史に対してぎこちなく接してしまう。ところが泰史は、意識していないようだ。相変わらず、洋一郎を叩いたり、龍太を「ガリ勉」などと呼ぶ。軽く怒って見せるが、同時に憐みを持ってしまう。泰史、一緒にいような。背中に山田さんの、そして昭たちの視線を感じながら、念じていた。

 塾のある曜日でもあり、龍太は急いで帰るつもりだ。しかし、図書室の前を通るくらいの余裕はある。一昨日が五年三組の当番日だったので、今日は六年一組が当番だろう。カウンターに山田さんはいないはず。そう思いながらも、図書室を覗いてみたくなる。月曜日のように、山田さんと話せるかもしれない。ドキドキしながら渡り廊下を進み、開けっ放しの図書室に目を向けた。そこには、山田さんがいた。カウンターを挟んで六年生の女子と話をしている。邪魔は出来ないな、と思いそのまま校舎を奥へ進み、階段を降りる。そして、返事やお土産を渡せる場所は図書室とその周辺しかない、と考えた。山田さんは、クラスの子と一緒に図書室へは行かないようだ。これはその後のことを考えると断然よい条件だ。六年生が当番の日がいいだろう。そうすると今週の土曜日までの間に、何とかしたい。やはり今日のうちに、便箋を買っておかないといけないな、と思いながら自宅へと向かった。

 母が作り置きしてくれていたサンドイッチを頬張りながら、財布の中身を確認する。便箋がいくらするのか見当がつかないが、千円札が二枚あるので大丈夫だろう。封筒とペンを買ってもおつりがくるはずだ。みんなに流されてドッキリマンチョコを買わなくてよかった、と思う。そしていつもより三十分ほど早く家を出た。母が俊太を保育園から連れて帰る頃に家を出ることが多いが、毎回そうなる訳でもないので、怪しまれることはないだろう。

 文房具店のほぼ真ん中に便箋は並んでいた。種類は豊富だが、どれも女の子や大人が使いそうなものばかりに思える。女子に読んでもらう目的だが、さすがにピンクや花柄の便箋は躊躇する。悩んだ結果、水色でイラストのない縦書きと、アルファベットが背景にある白地で横書きのいずれかにしようと思った。どちらの便箋にも十枚ほどの封筒が付いていた。アルファベット入りがカッコよいと思うが、水色が二百円であるのに対してこちらは三百五十円。枚数も実は水色の方が多い。「良いものを安く」と、自営業に転じこちらに越して来て以降、父も母も口癖のように言っている。それを思い出すが、やはり自分が使いたいもの、山田さんに渡したいものを選びたい。値段を親に聞かれることもないはずだ。
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